北京オリンピックアフリカ大陸予選(南アフリカ開催)に行ってきました。


相変わらずの出発までのドタバタ劇とメダルをかけた熱き戦いをご報告します。長い日記になりますが最後まで読んでください。




12月8日 ブチ切れ
連日走り回る日が続いた。先日7日は祝日で何もできず久しぶりの休養。迎えたこの土曜と日曜が最後の練習になる。
まだ確実にビザが取れるとも限らないし、100%とは言えないが一応なんとか南アに向けて手続きはギリギリで進んでいる。
アサーリーとコーチのポールはいまだにパスポートが取れない。出発は4日後の12日。パスポートが月曜日に取れてもビザ取得にそれから1週間。大会はもう終わっている。あきらめるしかないか。
この1週間、いやもっと前から平日は練習そっちのけで南アへの手続きをやってきた。めちゃくちゃスローな野球協会、スポーツ省の対応の悪さ、大使館にも冷たくあしらわれ、毎日毎日何時間も待たされた。しかしそれはすべて選手のためやと思っていた。
そしてこの日、午前9時の練習開始時間に現れたのは選手数人のみ。9時過ぎになってからちんたらちんたら悪びれる様子もなくヘラヘラ笑いながら歩いてくる選手たち。
気付いたらブチ切れてました。
『お前ら、おれはええけどどんだけの人がおまえらのために動いてると思ってるんや?!お前らいかんでええんか?!ほなもうやめるぞ!!3月に初めにきたときから言うてるやないか、時間を守って練習を始めようって。8ヶ月もたってまだできひんのか?!』
みんなシーン・・・。
明日は最終練習日。いい練習がしたいな。
12月9日(日) 最終練習日
前日のブチ切れが効いたようでこの日はみんな時間通りに準備を済ませ練習開始。この日は最終日やし遠征の準備もあるので早めに終了。
最後に僕から、
『明日スポーツ省でミーティングをします。そこで遠征メンバーが会長から発表されます。今日が最後の練習になるけど3月からガーナにきて正直つらいことの連続やった。でもみんなとここで野球ができて楽しかったし、つらいこともすごくいい経験になった。
まもなく南アに行くけど大会はもう楽しめばいいと思う。勝てるときは勝てるし勝てへんときは勝てへん。それやったらせっかく8ヶ月間練習してきたんやから楽しむべき。
ただ僕はこの大会よりもっと大切なのは大会後やと思う。自分たちでリーグを作ったり大会を企画したり、それができないのなら南アに行く意味はない。
大会は楽しんでやろう、お前たちが頑張るのは大会後や。』
12月10日(月) パスポートオフィス
朝10時にスポーツ省に集合。野球協会会長から南ア行きメンバーが言い渡される。
日本からの
資金で購入できたチケットは18人分。まず会長。そしてコーチは僕とポール。選手は15人。
残りのメンバーはスポーツ省からお金が下りれば連れて行く。と言っても出発は2日後。ここまで何もしてこなかったスポーツ省に期待するほうがおかしいやろう。
そして問題は18人のメンバーに入っているポールとアサーリーのパスポートがないこと。もう代わりに連れて行くメンバーは決めてあるしビザ取得の問題もあるから2人は無理やろう。
それでも2人が、『サカ、おれらのことが好きやったら一緒にパスポートオフィスまできてくれ。』っていうので、まあ行くか。
彼らは何日間もこのパスポートオフィスに張り付いてるのに毎日明日だって言われて追い返されている。そして僕はこの日初めてパスポートオフィスへ。
ポールとアサーリーがパスポートオフィスのえらいさんに、
『あさって出発なので今日こそはパスポートがほしくてきました。今日はナショナルチームの監督の日本人と一緒にきました。』といい、僕が、
『彼らはナショナルチームの貴重なメンバーでどうしても連れて行きたい。何か彼らに問題はあるのか?』と質問。そしたらちょっと待ってくれって。
数分後あっけなくアサーリーのパスポートがとれた。
何それ?自分らここで何週間も毎日待たされてたんちゃうの?こんな簡単に取れるん?
そしたらポールが『それはサカの肌の色が白いからあいつらビビってやったんや。おれらがいくらたのんでも後回し。頼めば頼むほど嫌がらせされて金も要求される。』って。
事実パスポートの発行日を見たら1週間前の12月4日。その時点であとサインをすれば終わりやのにそのサインを嫌がらせしてもらえなかった。そしてポールのパスポートも取得。
さあ、明日の出発前日にビザ申請。絶対無理やと思うけど行ってみよう。ここはガーナ、奇跡はありうる。
しかしパスポートの発行嫌がらせってそんなんある??

パスポートの取れたアサーリー
12月11日(火) 出発前日
朝から南ア大使館へ。もう何度足を運んだことか。ガードマンとも友達になった。
通常1週間かかるビザ取得。ナショナルチームの選手とコーチをぜひ連れて行きたいと大使館員にお願い。そしたら明日みんなの分と一緒に出してくれるって。やった奇跡!ミラクルガーナ!ってミラクルを必要としないように前からきちっとやれっちゅうねん。
そしてスポーツ省が選手3人分とコーチ1人分のチケット代を出してくれることに。審判のコリティの分は会長が自腹で。結局最後はうまいこといってしまうんよね。それでまた反省しないで同じドタバタを繰り返す。一生そうやっててください(笑)。
12月12日(水) ガーナうるるん最終日
午前中無事全員のビザ取得。夕方半年以上ともに過ごした家族と別れ空港に向かう。
何度となく繰り返される停電・断水の中暮らしてきた。果たしてどんな別れになるのか・・・。
4時にタクシーに家まできてもらう。3時頃からひっきりなしに僕の部屋にそのとき家にいた7・8人の家族がやってきて、『サカ、行かないで』『サカが行くなら私も行く』と言いに部屋までやってくる。
うるるん滞在記最後の別れのシーンは家族だけでなく村人みんなが集まってきてみえなくなるまで手を振り続ける。それがお決まりのパターンだ。
果たしてガーナうるるん滞在記の別れのシーンは?
門のところまで見送りにきてくれた人・・・0人!!
僕が部屋を出てじゃあ行くわって言った瞬間、『グッバイ』も言わず全員が僕の部屋にダッシュ!僕が残していったものをみんなで取り合い。
『これは私のものだ』『何言ってる、これは私が先にとっていた!』
僕との別れや見送りよりも自分が何を手に入れられるか。彼らにははるかにそっちのほうが大事らしい。
『サカ行かないで』って言いにきたとき。実はみんな僕が何を残していくかを
チェックしていたらしい。
おかげで何の未練もなく我が家を出発しました。
食事をして夜空港へ、みんな無事にチェックイン。
イミグレで出国カードを渡したら『こんな住所はない、お前は出国できない。さっさと帰れ』と得意のケチをつけられる。
『おれはここに半年以上もすんどるんじゃ。何が住所じゃないや。さっさとハンコ押せ!』
もうこうやってごねて金をせびろうとするやつにもなれた。こういうやつにはとにかく強気でいく。
選手みんなに旅行会社からもらったパスポートカバーを配っていると、関係ない人間たちが次々にくれと言ってくる。おれらのグループしかないって言ったらおれはお前のグループだ、ってあほか。
ガーナのくれくれ攻撃もこれで最後かな。
南ア航空は1時間半遅れでアクラを深夜12時半出発。翌朝南アに到着。
12月13日(木) 南ア到着

朝9時、飛行機は2時間遅れでヨハネスブルグ・O・Rダンボ国際空港に到着。空港ターミナルがアクラとは比べものにならないくらいでかい。
両替のお姉さんの仕事っぷりがまじ迅速。人々の動きがめちゃくちゃはやい。
道路も完璧。交通ルールも守る、路肩を走らない、クラクションもならさない。ここが同じアフリカか。
空港から市内へ向かう町並みはまるでヨーロッパのよう。しかしビルが立ち並ぶダウンタウンはものすごくひっそりとして人影もまばら。めちゃくちゃ異様な雰囲気。まさにゴーストタウン。
決して歩きたくはない。どこからだれが何をもって出てくるか・・・。
実際夕方4時以降は危険だから外出するなと言われた。特に日本人なんて最高に狙われやすい。おれはお金持ってないけど。
この日は昼から軽く練習して終了。
ぐっすり寝ましょう。
12月14日(金) 大会ミーティング
午前中、全チーム集まってのミーティング。
9か国中、チュニジア・マリ・ウガンダが出場を断念または辞退。
ガーナ・ナイジェリア・ジンバブエ・南ア・レソト・カメルーンの6カ国総当りリーグ戦で行われる。
3日間で5試合というめちゃくちゃハードなスケジュール。連日5時起床6時出発。
ガーナは、
1日目にカメルーン・ナイジェリアと対戦
2日目にジンバブエとレソトと対戦
3日目に南アと対戦
ガーナとしては西アフリカ予選で負けたナイジェリアを破り南アと優勝決定戦ができれば最高。
しかしみたところジンバブエやレソトもなかなかいいチーム。メダル圏内の3位を狙うのも簡単ではない。初参加のカメルーンはなぞ。
今回のルールは木製バットを使用。5回以降15点差、7回以降10点差でコールド。また2時間半を過ぎた時点で次のイニングにはいかない。
明日から開幕。
12月15日(土) 大会1日目
ガーナの開幕戦はカメルーンと対戦。まずは試合前に一悶着。
なんやようわからんがアメリカメジャーリーグが6・7人のコーチを南アに連れてきた。コーチというよりも半分スカウトみたいな。
試合前の2日間も彼らが各国を指導する場面があり大事な大会前にその時点でちょっとおかしい。
にもかかわらず、大会当日にメジャーリーグのコーチを各チームに1人ずつベンチに座らせるという。
「は?」なんですかそれ??
しかも他のチームはそれを認めてベンチに座らせている。あの強豪ナイジェリアでさえ。
あきらかにやりすぎでしょ、アメリカさんよ〜!お前らの考えが一番やと思ってんなよ。
そしてガーナチーム監督、私、完全拒否。強情なアメリカ人に対し『ガーナはメジャーリーグコーチをベンチに必要としない。ベンチなんかに入れたら試合の邪魔だ。』
強情アメリカ人『これは大会の決まりだ。お前が監督なら
メジャーコーチがベンチにいても選手を試合に集中させろ。』
ガーナ人をいつも相手にして引き下がらないことをおぼえた私、『そんな決まり自体がおかしい。これは国旗をつけた戦いでオリンピック予選だ。おれらはアメリカンガーナではない。アメリカ人を絶対にベンチに入れない。』
結局ガーナチームだけアメリカメジャーリーグコーチを拒否。
なんでそこまで自分たちを中心にやろうとできるんやろうか?
こっちは3月から半年以上もガーナの人々とガーナで生活してきた。それでもガーナのことまだまだ全然わかってないのにたった2日間で何がわかる?メジャーさんよー。
今は不在やけど長い間日本人が指導していたジンバブエの選手たちは口々に僕に言ってくれた。
『日本人は僕たちの国にきて何ヶ月も何年も一緒に暮らして野球を教えてくれる。』
野球を海外で
教えることは技術指導や戦術なんかより現地の人々と共に暮らし彼らの目線で共に前進すること。
上から目線では彼らをお金でつれても彼らの心にはふれられない。心に触れることに重きをおいているのは日本人くらいかもしれへんけど。
さあ気を取り直して試合開始。午後からのナイジェリア戦もあるけどやっぱり開幕はエース・ジェリーで。



ガーナは序盤カメルーンのエラーなどで6点を取り、4回5回と打線爆発。3番アレックス、4番クマブが打線を引っ張った。ジェリーは4回まで完璧なピッチング。大量リードを得たところでナイジェリア戦もにらんで5階はイシュメルにマウンドをゆずる。
G 4 2 0 13 3 22
C 0 0 0 0 0 0
結局22−0で初戦を勝利。あまりよくない勝ち方やけど。
ライバルのナイジェリアも17対3という豪快なスコアでジンバブエを圧倒。
午後からはナイジェリア戦。

西アフリカ予選で14対6で負けている強豪。チーム1力強い球を投げるエマニュエルをマウンドへ送る。初回ガーナは5番アンドリュースのライトオーバーなどで2点を先制。しかしナイジェリアも黙っていない。すぐさまその裏3点で逆転。
ライバルの攻撃にガーナも応える。すかさず3回表2点をとり逆転。4回にも追加点。4回を終えて5対4とリード。
ガーナチームはのりのりやけどこの後逆転されるやろうなと僕は思っていた。やはり自力が違う。勢いのガーナに比べナイジェリアはイニングを追うごとに落ち着いてきている。
そんな予感はやはり的中。5回同点に追いつかれたあとキャプテン・マウリのポロリで逆転をゆるしてその後は一方的に。終盤まで接戦にもちこんでエースのジェリーを投入しようと思っていたがやはりそこまではさしてもらえなかった。
G 2021000 5
N 310036× 13
スコアは13対5、7回で時間切れ。ナイジェリアでの予選のときとスコアはほぼ同じ。でもお互い内容はものすごくよくなっていた。互いのレベルはあがっている。
これこそまさにライバル。これからもガーナとナイジェリアで西アフリカの野球を引っ張ってほしい。
12月16日(日) 大会2日目
いつもどおり5時に起床。6時出発のバスに備える。前日はパーティーがあって帰ってきたのは11時。それから
シャワー・
洗濯と5時おきはつらい。
しかも6時にバスがこない。1時間待ってもこない。2時間待ってもこない。3時間待ってもこない。
なんとバスの運転手たちが行きたくないと行ったらしい。そんなんありですか??
ハードスケジュールでくたくたやのに選手を待たせるって主催者として最低でしょ。ごはんも会場にいかな食べられへんし。しかも南ア側は一言もあやまらんし。
もうこっちもブリブリおこりまくって、お前らの仕事はプア−やとか選手を何で一番に考えられへんねんとかって南ア側にほんまにきれました。
でもふと我に返ってみると・・・、なんと怒ってるの僕だけなんです。
どこの国の選手もコーチもどこ吹く風で何時間もおしゃべり。ガーナの選手なんてサッカーとか始めてるし。南ア側ものほほーん、そのうちくるでしょみたいな。
アフリカ人は野球の国際試合でも3時間くらいへっちゃらで待つのね。イライラしてるの日本人のおれ一人ね。
結局3時間以上遅れてきたバスで会場へ。
今日はジンバブエ・レソトとの2試合。最終日南ア戦はレベルが違いすぎて勝てないのでこの日の2試合を2勝するしか銅メダルへの道はない。しかもガーナチームは8年前この2チームに負けてメダルを逃している。
ジンバブエもレソトも体は小さいがガーナよりしっかりした野球をしている。実際戦って2チームとも守備はガーナより安定していたし、投手もコントロールが良く打ちづらかった。そして野球をよく知っていてかしこくいいチームだった。
我らがガーナは体は南アについで大きく明らかに6カ国中一番元気やった。元気というよりうるさい。一番子供っぽい。スモールベースボールの『ス』の字も知らない大雑把な野球。
ノリノリの時はいいけどいったん流れが悪くなるとそこから這い上がるのが遅い。波の大きいチーム。
なんたって言い訳
ボーイズ。ミスしたって『運が悪かった』『審判がおかしい』と言って反省する気はまるでなし。悪送球した後に肩が痛いと言い出すのも得意のパターン。
だからいつも僕の言葉は『DON’T SAY EXCUSE!BE COOL!』(言い訳するな!冷静でいろ!)
チームメートの誰かがミスするとそれに対して思いっきり文句を言った挙句次に自分が同じミスをする。でまた違うやつが文句言うて同じミスをする。人のことはいいから自分の仕事しようね。
さて気を取り直して、小雨が降る中行われたジンバブエ戦。
初回2死走者なしから3番アレックスのライトオーバー2塁打、4番クマブのレフと前タイムリーで先制。この大会うちの3番・4番・5番は絶好調。
実際のところ大会を通じて活躍したエースのジェリーと、このクリーンアップトリオは全く言い訳しない選手たち。あとショートのビラ−ルも。
やっぱり野球に必要なことは自分としっかり向き合える素直な心なんかな。
さあ試合に戻って、先発投手はエースのジェリー。この日もジェリーは快刀乱麻。力みのない
フォームから繰り出す伸びのあるストレート、低めに決まるスライダー。若干17歳の彼。日本の高校2年でもなかなかのレベルやと思う。けん制のタイミングなどマウンド裁きもセンスあり。
決して悪くはないジンバブエ打線を4回まで完璧に抑える。
しかしさすがは日本人が長い間指導していたジンバブエチーム。日本人がいなくなった今でも野球はしっかり
ジャパニーズスタイル。投手が低めにストレートと変化球をリズムよく投げ込み守備がきっちり守る。4回を終わって1対0のまま。
5回表ジンバブエの攻撃。1死1塁からエンドランを決められ1死2・3塁のピンチ。ここでもジェリーは落ち着いた投球で内野ゴロの間の1点でしのぐ。
6回表を終わって依然1対1。
6回裏内野安打で出たダニエルを1死3塁に送って、3番アレックスのショートごろの間にダニエルがホームへ突進。ショートもすばやく送球。タイミングはアウト。だが審判のジャッジはスライディングしたダニエルの足が一瞬早かったとセーフのジャッジ。
その後塁に残ったアレックスが盗塁とキャッチャーの悪送球で再び1死3塁。ここで4番クマブがきっちり犠牲フライを打ち上げ3対1。
そしてその直後に雨が強くなり中断の後降雨コールドでガーナが3対1で勝利。
なんともタフで最後は雨に救われた勝利やった。
でもジンバブエはほんまにいいチームでリードはしていたけど勝敗は別にして9回までぜひやりたかった。ガーナのチームは彼らから学ぶものがたくさんある。ガーナの将来を考えても勝敗よりも9回まで試合するほうが長い目で見れば彼らのためになる。
実際大会本部や審判にも続けられそうならやろうと言っていた。
そしたらガーナの他の2人のコーチや会長がそんな発言をする僕を止めにくる。
『サカ、名に言うてるんや、このまま勝ってるんやから試合を終わらせればいい。何でわざわざ勝ってるのにやろうっていうんや。』と。
『いや、だってジンバブエいいチームやもん。ぜひ9回までやりたい。それが将来のガーナのためになる。まあ実際こっちが決めることじゃないからやれと言われたらやる準備をしておこう。』
『サカ、何言うてるんや。メダルが取れなくなったらどうする。審判がやると言ってもやらないと言うのがサカの仕事だ。』
はぁ〜・・・。
ここまでは伝えられてないか。
勝敗やメダルよりも大切なものがきっとある。逃げない姿勢、挑戦し続ける気持ち、楽な道を選ばない、つらくても険しい道を選ぶ。それが将来の自分たちのためになる。
ガーナもジンバブエも選手はやる気満々。若い子達は向かおうとしてるのに大人がビビってどうするんや。
しかし結局天気は回復せず降雨コールド。



3対1でガーナの勝利
Z 0000100 1
G 100002× 3
(7回降雨コールド)
レソト戦は明日最終日に順延。
2日目を終えての成績は
南ア 3試合 3勝0敗
ナイジェリア 2試合 2勝0敗
ガーナ 3試合 2勝1敗
レソト 2試合 1勝1敗
ジンバブエ 3試合 0勝3敗
カメルーン 3試合 0勝3敗
12月17日(月) 大会最終日
当然のようにバスは30分遅れてきて6時半に出発。

今日はレソト・南アとダブルヘッダー。
南アとはレベルが違いすぎるのでレソト戦に勝利してメダルを手にしたいところ。

先発はアサーリー、エマニュエルを2番手に送り、エース・ジェリーを南アにぶつける予定。
初回ガーナは5番アンドリュースのライトオーバー2塁打などで3点を先制。しかしレソトも基本に忠実な攻撃と堅い守備で徐々に詰め寄る。
アサーリーの調子は今ひとつ。その後を継いだエマニュエルもこれまた今ひとつ。2回裏に逆転を許し4回に入る時点で5対3とレソトがリード。
レソトは野球の基本ができていてそつがない。一方イケイケドンドンのガーナは得意の走塁ミスとエラーで沈黙気味。この試合が大事ということで早々からジェリーをマウンドへ送る。
4回表内野ゴロの間に1点返した後、レソトの守備が一瞬緩み逆転。
5回を終えて6対5。まだまだどっちに転ぶかわからない試合。
しかしこの日もコントロール・キレともに抜群のジェリー。正に頼れるエース!!
7対5で迎えた8回、5番アンドリュースがレフトへ、9回にはセンターへと日本人でも度肝を抜くような2打席連続特大ホームラン!!
G 300301013 11
L 041000000 5
最後は11対5で勝利。
何より2時間半で9回まで試合ができてよかった。両チームともスピード感のあるいいゲームやった。
レソトチームとの握手の後、銅メダルを決めたガーナ選手たちが僕をかつぎ上げ胴上げ!!
続く南ア戦は3人の主力投手を使いきっていたためボロボロ。0−15で6回途中コールド。

G 000000 0
S 412143 15
(6回コールド)
最終成績
優勝 南ア 5試合5勝0敗
2位 ナイジェリア 4試合3勝1敗
3位 ガーナ 5試合3勝2敗
4位 ジンバブエ 5試合2勝3敗
5位 レソト 4試合1勝3敗
6位 カメルーン 5試合0勝5敗
レソト対ナイジェリアは試合前に順位が確定したため行われず。優勝の南アは3月に行われる北京オリンピック世界最終予選(台湾)に出場。





すべてが終わっていろいろなことが頭を駆け巡った。停電・断水・大渋滞、ガーナのごはんに野球協会のおそさ、いつもいいわけばかりで反省しない選手達。
少しは彼らの成長のために自分は役立てたやろうか。
彼らが自分に素直に向き合えるようになりこれから生きていけるのならとてもうれしい。
選手たちは19日、ガーナ野球史上初のアフリカ大会銅メダルを胸に帰国した。

今までガーナ野球や私のことを応援してくださったみなさんほんとうにありがとうございました。お陰様で選手たちは『GHANA』のユニフォームを着て楽しんで野球をすることができました。
私自身今までスリランカやタイで野球に携わってきましたが正直ガーナでは頭をかかえることの連続でした。実際選手がどれだけ日本の支援に感謝しているのか私にもわからないです。支援を得ることが逆に彼らの成長、自分たちでやり遂げるという力を弱くしていると感じることもありました。
しかしこれは彼らだけの問題でなく、様々な歴史的背景や社会背景も多く関わっている問題だと思います。
『野球を世界のスポーツに!!』
口では簡単に言えますが、実際現地に暮らしてアフリカの野球に携わって、これはとてつもなく大変なことだと実感しました。
現在の社会情勢、人々の生活、考え方、文化、どれをとっても野球が広がることとは一致しないのが現状のような気がします。
無理に野球を広げるのではなく野球をやっている国が野球というスポーツの素晴らしさを維持し続けることが大事なのではないかと思っています。
途上国と呼ばれる国々がいつか栄え、サッカー以外のスポーツを選ぶチャンスができたときに野球が選ばれるように、野球というスポーツは紳士的で高貴なスポーツでなくてはならないと思います。
そしてそれをリードできるのが日本人なのではないでしょうか。
お金や甲子園に踊らされている場合ではない。野球の本質を見つめなおす時は今やと思います。
3月から9ヶ月間、本当にありがとうございました。
12月26日に帰国、さっそく疲れでダウンする日々が続いています。
1月9日からは協力隊の訓練、3月下旬には南米コロンビアへ2年間の予定で向かいます。
ブログはまた更新します。