2008年03月30日

新ブログ開始!!

 2008年3月から2年間、南米コロンビアでの模様は下記にて

 ↓

 http://sakana0526colombia.seesaa.net/

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2008年02月06日

愛するマーリンダありがとう。安らかに。

 昨年8月台湾にて。スリランカ18歳以下代表チームでアジア大会を戦った時の写真。背番号3番が相方のコーチのマーリンダ。

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 みなさん、お久しぶりです。いかがお過ごしですか。

 私は1月9日より長野県で青年海外協力隊の訓練を受けているところです。訓練は3月13日まで、25日から2年間南米コロンビアへ向かいます。

 今日スペイン語の中間試験がおわり久しぶりに日記を書いています。

 この訓練所には約200人の協力隊が一緒に訓練を受けています。行先は世界各地、僕の行く南米からカリブ海の島国、中米、アフリカ、アジア、太平洋に浮かぶ小さな島国まで。みんなそれぞれいろんな言語を勉強中。そんな中に僕の大好きなスリランカへ行く協力隊員もいます。コロンビアの人々には悪いなと思いつつ彼らには何度も『行き先変わってくれへん??』なんて冗談を言うてました。

 訓練所ではほとんどテレビを見ることはないので意識して毎日、新聞を読むようにしています。日本のニュースはもちろん読みますが気になるのはやっぱり海外のニュース。そんな中、スリランカのテロが頻発していることを心配していました。

 でもまさかこんなことになるなんて。

 今月の4日はスリランカの独立記念日。朝の集いでスリランカ国旗が紹介され国歌をききました。ぼくはスリランカ国旗を見て国歌を聞くだけで、今までの思い出がよみがえり涙腺がゆるみます。そんな記念すべき日の夜、一本の電話がありました。元スリランカ野球隊員の方からでした。

 内容は、3日に起こったコロンボフォート駅(スリランカ国内最大の駅)での自爆テロに野球選手たち8人が巻き込まれ全員亡くなったと。その中には僕が昨年8月台湾へ18歳以下のアジア大会に行った時の相方のコーチのマーリンダもいたと。彼らは野球の大会の帰りに列車を利用していた、そして運悪くテロに巻き込まれたと。

 僕は始め信じられなかった。というか、何が何だか理解できひんかった。あのマーリンダが亡くなった?なんか夢の中にいるみたいやった。

 僕が今までで一番幸せやったと思うときは甲子園でも神宮でもなく昨年の台湾での大会にスリランカのコーチとして参加した時。日本や台湾や韓国に何点引き離されても決して最後まであきらめず、真正面から向かっていく彼らに僕は試合中何度も涙した。野球はへたくそやけどそのひたむきさに僕の心は撃たれっぱなしやった。20点差も離されてこんなに素敵な顔で野球できる選手たちと同じユニフォームを着てることに誇りを感じた。どんなに点差を離されても彼らは常に目の前の一歩をどこに踏み出せばいいかわかっていた。

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 香港戦の奇跡の勝利の時はみんなで泣いて抱き合った。そんな選手たちを引っ張っていたのがコーチのマーリンダやった。選手起用や作戦に関しても、彼が選手たちに伝えてくれ、ミーティングでもシンハラ語があまり話せない僕の想いを親身に伝えてくれた。

 最高に楽しい時間やった。

 台北の空港でお別れするとき、みんなが僕に手紙をくれてひざまずいて挨拶してくれた。お礼をいわなあかんのはこっちやのに。マーリンダともがっちり握手を交わした。絶対にまたスリランカに行くから会おう!!また一緒に野球をしよう!!そんなことを言ったと思う。まさかその時はもう会えなくなるなんてこれっぽっちも思ってなかった。

 スリランカでは僕がいる間もテロが何度かあった。確かに怖かった。街を歩いていても止まっている車に爆弾がしかけられていて爆発したらどうしようとか、検問を狙ったテロに巻き込まれたらどうしようとか思いながら過ごしていた。

 でもまさかマーリンダがテロの犠牲になるなんて。そしてマーリンダと一緒にいたかわいいかわいいスリランカの野球選手7人も。

 クリクリした目と素敵な笑顔を見せてくれる25歳のマーリンダには奥さんも子供もいた。亡くなったみんなの家族や親せきはどんだけ悲しんでいるやろう。僕ももちろん悲しいけど彼らの悲しみは僕には計り知れない。一瞬にして命を奪われた本人たちもほんまに無念やろう。まだまだやりたいことが山ほどあったやろうに。

 日本のように野球が盛んじゃなくて、大会開催もほんまに大変な中、やっと開かれた大会の帰り道での悲劇。死んだ彼らや家族は野球を恨んでないやろうか。そんなことまで考えてしまう。

 今まで元気やった人が一瞬にしていなくなる、その人らの魂とか想いとかってどこにいってしまうんやろ。僕には理解できひん。

 でも彼らの笑顔や、野球やっている時の素敵な姿はずっと胸に焼き付いている。今でもつらい時、自分のブログの台湾遠征の日記を読み返してスリランカの人々から勇気をもらっている。これは事件よりずっと前から。

 彼らに決して恥じないように強く生きていきたい。次回スリランカに訪れた時は彼らのお墓参りをしたい。

 今回亡くなったマーリンダや野球選手たち、その他のスリランカ人のご冥福をお祈りします。そしてこれ以上スリランカ人やスリランカで活動する協力隊員の周りに不幸なことが起きないことを心から願います。
posted by 魚 at 14:54| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月30日

アフリカ大陸予選

 北京オリンピックアフリカ大陸予選(南アフリカ開催)に行ってきました。

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 相変わらずの出発までのドタバタ劇とメダルをかけた熱き戦いをご報告します。長い日記になりますが最後まで読んでください。

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 12月8日 ブチ切れ

 連日走り回る日が続いた。先日7日は祝日で何もできず久しぶりの休養。迎えたこの土曜と日曜が最後の練習になる。

 まだ確実にビザが取れるとも限らないし、100%とは言えないが一応なんとか南アに向けて手続きはギリギリで進んでいる。

 アサーリーとコーチのポールはいまだにパスポートが取れない。出発は4日後の12日。パスポートが月曜日に取れてもビザ取得にそれから1週間。大会はもう終わっている。あきらめるしかないか。

 この1週間、いやもっと前から平日は練習そっちのけで南アへの手続きをやってきた。めちゃくちゃスローな野球協会、スポーツ省の対応の悪さ、大使館にも冷たくあしらわれ、毎日毎日何時間も待たされた。しかしそれはすべて選手のためやと思っていた。

 そしてこの日、午前9時の練習開始時間に現れたのは選手数人のみ。9時過ぎになってからちんたらちんたら悪びれる様子もなくヘラヘラ笑いながら歩いてくる選手たち。

 気付いたらブチ切れてました。

 『お前ら、おれはええけどどんだけの人がおまえらのために動いてると思ってるんや?!お前らいかんでええんか?!ほなもうやめるぞ!!3月に初めにきたときから言うてるやないか、時間を守って練習を始めようって。8ヶ月もたってまだできひんのか?!』

 みんなシーン・・・。

 明日は最終練習日。いい練習がしたいな。


 12月9日(日) 最終練習日

 前日のブチ切れが効いたようでこの日はみんな時間通りに準備を済ませ練習開始。この日は最終日やし遠征の準備もあるので早めに終了。

 最後に僕から、

 『明日スポーツ省でミーティングをします。そこで遠征メンバーが会長から発表されます。今日が最後の練習になるけど3月からガーナにきて正直つらいことの連続やった。でもみんなとここで野球ができて楽しかったし、つらいこともすごくいい経験になった。

 まもなく南アに行くけど大会はもう楽しめばいいと思う。勝てるときは勝てるし勝てへんときは勝てへん。それやったらせっかく8ヶ月間練習してきたんやから楽しむべき。

 ただ僕はこの大会よりもっと大切なのは大会後やと思う。自分たちでリーグを作ったり大会を企画したり、それができないのなら南アに行く意味はない。

 大会は楽しんでやろう、お前たちが頑張るのは大会後や。』


 12月10日(月) パスポートオフィス

 朝10時にスポーツ省に集合。野球協会会長から南ア行きメンバーが言い渡される。

 日本からの資金で購入できたチケットは18人分。まず会長。そしてコーチは僕とポール。選手は15人。

 残りのメンバーはスポーツ省からお金が下りれば連れて行く。と言っても出発は2日後。ここまで何もしてこなかったスポーツ省に期待するほうがおかしいやろう。

 そして問題は18人のメンバーに入っているポールとアサーリーのパスポートがないこと。もう代わりに連れて行くメンバーは決めてあるしビザ取得の問題もあるから2人は無理やろう。

 それでも2人が、『サカ、おれらのことが好きやったら一緒にパスポートオフィスまできてくれ。』っていうので、まあ行くか。

 彼らは何日間もこのパスポートオフィスに張り付いてるのに毎日明日だって言われて追い返されている。そして僕はこの日初めてパスポートオフィスへ。

 ポールとアサーリーがパスポートオフィスのえらいさんに、

 『あさって出発なので今日こそはパスポートがほしくてきました。今日はナショナルチームの監督の日本人と一緒にきました。』といい、僕が、

 『彼らはナショナルチームの貴重なメンバーでどうしても連れて行きたい。何か彼らに問題はあるのか?』と質問。そしたらちょっと待ってくれって。

 数分後あっけなくアサーリーのパスポートがとれた。

 何それ?自分らここで何週間も毎日待たされてたんちゃうの?こんな簡単に取れるん?

 そしたらポールが『それはサカの肌の色が白いからあいつらビビってやったんや。おれらがいくらたのんでも後回し。頼めば頼むほど嫌がらせされて金も要求される。』って。

 事実パスポートの発行日を見たら1週間前の12月4日。その時点であとサインをすれば終わりやのにそのサインを嫌がらせしてもらえなかった。そしてポールのパスポートも取得。

 さあ、明日の出発前日にビザ申請。絶対無理やと思うけど行ってみよう。ここはガーナ、奇跡はありうる。

 しかしパスポートの発行嫌がらせってそんなんある??

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 パスポートの取れたアサーリー


 12月11日(火) 出発前日

 朝から南ア大使館へ。もう何度足を運んだことか。ガードマンとも友達になった。

 通常1週間かかるビザ取得。ナショナルチームの選手とコーチをぜひ連れて行きたいと大使館員にお願い。そしたら明日みんなの分と一緒に出してくれるって。やった奇跡!ミラクルガーナ!ってミラクルを必要としないように前からきちっとやれっちゅうねん。

 そしてスポーツ省が選手3人分とコーチ1人分のチケット代を出してくれることに。審判のコリティの分は会長が自腹で。結局最後はうまいこといってしまうんよね。それでまた反省しないで同じドタバタを繰り返す。一生そうやっててください(笑)。


 12月12日(水) ガーナうるるん最終日

 午前中無事全員のビザ取得。夕方半年以上ともに過ごした家族と別れ空港に向かう。

 何度となく繰り返される停電・断水の中暮らしてきた。果たしてどんな別れになるのか・・・。

 4時にタクシーに家まできてもらう。3時頃からひっきりなしに僕の部屋にそのとき家にいた7・8人の家族がやってきて、『サカ、行かないで』『サカが行くなら私も行く』と言いに部屋までやってくる。

 うるるん滞在記最後の別れのシーンは家族だけでなく村人みんなが集まってきてみえなくなるまで手を振り続ける。それがお決まりのパターンだ。

 果たしてガーナうるるん滞在記の別れのシーンは?

 門のところまで見送りにきてくれた人・・・0人!!

 僕が部屋を出てじゃあ行くわって言った瞬間、『グッバイ』も言わず全員が僕の部屋にダッシュ!僕が残していったものをみんなで取り合い。

 『これは私のものだ』『何言ってる、これは私が先にとっていた!』

 僕との別れや見送りよりも自分が何を手に入れられるか。彼らにははるかにそっちのほうが大事らしい。

 『サカ行かないで』って言いにきたとき。実はみんな僕が何を残していくかをチェックしていたらしい。

 おかげで何の未練もなく我が家を出発しました。

 食事をして夜空港へ、みんな無事にチェックイン。

 イミグレで出国カードを渡したら『こんな住所はない、お前は出国できない。さっさと帰れ』と得意のケチをつけられる。

 『おれはここに半年以上もすんどるんじゃ。何が住所じゃないや。さっさとハンコ押せ!』

 もうこうやってごねて金をせびろうとするやつにもなれた。こういうやつにはとにかく強気でいく。

 選手みんなに旅行会社からもらったパスポートカバーを配っていると、関係ない人間たちが次々にくれと言ってくる。おれらのグループしかないって言ったらおれはお前のグループだ、ってあほか。

 ガーナのくれくれ攻撃もこれで最後かな。

 南ア航空は1時間半遅れでアクラを深夜12時半出発。翌朝南アに到着。


 12月13日(木) 南ア到着

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 朝9時、飛行機は2時間遅れでヨハネスブルグ・O・Rダンボ国際空港に到着。空港ターミナルがアクラとは比べものにならないくらいでかい。

 両替のお姉さんの仕事っぷりがまじ迅速。人々の動きがめちゃくちゃはやい。

 道路も完璧。交通ルールも守る、路肩を走らない、クラクションもならさない。ここが同じアフリカか。

 空港から市内へ向かう町並みはまるでヨーロッパのよう。しかしビルが立ち並ぶダウンタウンはものすごくひっそりとして人影もまばら。めちゃくちゃ異様な雰囲気。まさにゴーストタウン。

 決して歩きたくはない。どこからだれが何をもって出てくるか・・・。

 実際夕方4時以降は危険だから外出するなと言われた。特に日本人なんて最高に狙われやすい。おれはお金持ってないけど。

 この日は昼から軽く練習して終了。

 ぐっすり寝ましょう。


 12月14日(金) 大会ミーティング

 午前中、全チーム集まってのミーティング。

 9か国中、チュニジア・マリ・ウガンダが出場を断念または辞退。


 ガーナ・ナイジェリア・ジンバブエ・南ア・レソト・カメルーンの6カ国総当りリーグ戦で行われる。

 3日間で5試合というめちゃくちゃハードなスケジュール。連日5時起床6時出発。

 ガーナは、

 1日目にカメルーン・ナイジェリアと対戦

 2日目にジンバブエとレソトと対戦

 3日目に南アと対戦

 ガーナとしては西アフリカ予選で負けたナイジェリアを破り南アと優勝決定戦ができれば最高。

 しかしみたところジンバブエやレソトもなかなかいいチーム。メダル圏内の3位を狙うのも簡単ではない。初参加のカメルーンはなぞ。

 今回のルールは木製バットを使用。5回以降15点差、7回以降10点差でコールド。また2時間半を過ぎた時点で次のイニングにはいかない。

 明日から開幕。


 12月15日(土) 大会1日目

 ガーナの開幕戦はカメルーンと対戦。まずは試合前に一悶着。

 なんやようわからんがアメリカメジャーリーグが6・7人のコーチを南アに連れてきた。コーチというよりも半分スカウトみたいな。

 試合前の2日間も彼らが各国を指導する場面があり大事な大会前にその時点でちょっとおかしい。

 にもかかわらず、大会当日にメジャーリーグのコーチを各チームに1人ずつベンチに座らせるという。

 「は?」なんですかそれ??

 しかも他のチームはそれを認めてベンチに座らせている。あの強豪ナイジェリアでさえ。

 あきらかにやりすぎでしょ、アメリカさんよ〜!お前らの考えが一番やと思ってんなよ。

 そしてガーナチーム監督、私、完全拒否。強情なアメリカ人に対し『ガーナはメジャーリーグコーチをベンチに必要としない。ベンチなんかに入れたら試合の邪魔だ。』

 強情アメリカ人『これは大会の決まりだ。お前が監督ならメジャーコーチがベンチにいても選手を試合に集中させろ。』

 ガーナ人をいつも相手にして引き下がらないことをおぼえた私、『そんな決まり自体がおかしい。これは国旗をつけた戦いでオリンピック予選だ。おれらはアメリカンガーナではない。アメリカ人を絶対にベンチに入れない。』

 結局ガーナチームだけアメリカメジャーリーグコーチを拒否。

 なんでそこまで自分たちを中心にやろうとできるんやろうか?

 こっちは3月から半年以上もガーナの人々とガーナで生活してきた。それでもガーナのことまだまだ全然わかってないのにたった2日間で何がわかる?メジャーさんよー。

 今は不在やけど長い間日本人が指導していたジンバブエの選手たちは口々に僕に言ってくれた。

 『日本人は僕たちの国にきて何ヶ月も何年も一緒に暮らして野球を教えてくれる。』

 野球を海外で教えることは技術指導や戦術なんかより現地の人々と共に暮らし彼らの目線で共に前進すること。

 上から目線では彼らをお金でつれても彼らの心にはふれられない。心に触れることに重きをおいているのは日本人くらいかもしれへんけど。


 さあ気を取り直して試合開始。午後からのナイジェリア戦もあるけどやっぱり開幕はエース・ジェリーで。

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 ガーナは序盤カメルーンのエラーなどで6点を取り、4回5回と打線爆発。3番アレックス、4番クマブが打線を引っ張った。ジェリーは4回まで完璧なピッチング。大量リードを得たところでナイジェリア戦もにらんで5階はイシュメルにマウンドをゆずる。

G 4 2 0 13 3 22
C 0 0 0 0 0 0

 結局22−0で初戦を勝利。あまりよくない勝ち方やけど。

 ライバルのナイジェリアも17対3という豪快なスコアでジンバブエを圧倒。


 午後からはナイジェリア戦。

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 西アフリカ予選で14対6で負けている強豪。チーム1力強い球を投げるエマニュエルをマウンドへ送る。初回ガーナは5番アンドリュースのライトオーバーなどで2点を先制。しかしナイジェリアも黙っていない。すぐさまその裏3点で逆転。

 ライバルの攻撃にガーナも応える。すかさず3回表2点をとり逆転。4回にも追加点。4回を終えて5対4とリード。

 ガーナチームはのりのりやけどこの後逆転されるやろうなと僕は思っていた。やはり自力が違う。勢いのガーナに比べナイジェリアはイニングを追うごとに落ち着いてきている。

 そんな予感はやはり的中。5回同点に追いつかれたあとキャプテン・マウリのポロリで逆転をゆるしてその後は一方的に。終盤まで接戦にもちこんでエースのジェリーを投入しようと思っていたがやはりそこまではさしてもらえなかった。

G 2021000 5
N 310036× 13

 スコアは13対5、7回で時間切れ。ナイジェリアでの予選のときとスコアはほぼ同じ。でもお互い内容はものすごくよくなっていた。互いのレベルはあがっている。

 これこそまさにライバル。これからもガーナとナイジェリアで西アフリカの野球を引っ張ってほしい。


 12月16日(日) 大会2日目

 いつもどおり5時に起床。6時出発のバスに備える。前日はパーティーがあって帰ってきたのは11時。それからシャワー・洗濯と5時おきはつらい。

 しかも6時にバスがこない。1時間待ってもこない。2時間待ってもこない。3時間待ってもこない。

 なんとバスの運転手たちが行きたくないと行ったらしい。そんなんありですか??

 ハードスケジュールでくたくたやのに選手を待たせるって主催者として最低でしょ。ごはんも会場にいかな食べられへんし。しかも南ア側は一言もあやまらんし。

 もうこっちもブリブリおこりまくって、お前らの仕事はプア−やとか選手を何で一番に考えられへんねんとかって南ア側にほんまにきれました。

 でもふと我に返ってみると・・・、なんと怒ってるの僕だけなんです。

 どこの国の選手もコーチもどこ吹く風で何時間もおしゃべり。ガーナの選手なんてサッカーとか始めてるし。南ア側ものほほーん、そのうちくるでしょみたいな。

 アフリカ人は野球の国際試合でも3時間くらいへっちゃらで待つのね。イライラしてるの日本人のおれ一人ね。

 結局3時間以上遅れてきたバスで会場へ。

 今日はジンバブエ・レソトとの2試合。最終日南ア戦はレベルが違いすぎて勝てないのでこの日の2試合を2勝するしか銅メダルへの道はない。しかもガーナチームは8年前この2チームに負けてメダルを逃している。

 ジンバブエもレソトも体は小さいがガーナよりしっかりした野球をしている。実際戦って2チームとも守備はガーナより安定していたし、投手もコントロールが良く打ちづらかった。そして野球をよく知っていてかしこくいいチームだった。

 我らがガーナは体は南アについで大きく明らかに6カ国中一番元気やった。元気というよりうるさい。一番子供っぽい。スモールベースボールの『ス』の字も知らない大雑把な野球。

 ノリノリの時はいいけどいったん流れが悪くなるとそこから這い上がるのが遅い。波の大きいチーム。

 なんたって言い訳ボーイズ。ミスしたって『運が悪かった』『審判がおかしい』と言って反省する気はまるでなし。悪送球した後に肩が痛いと言い出すのも得意のパターン。

 だからいつも僕の言葉は『DON’T SAY EXCUSE!BE COOL!』(言い訳するな!冷静でいろ!)

 チームメートの誰かがミスするとそれに対して思いっきり文句を言った挙句次に自分が同じミスをする。でまた違うやつが文句言うて同じミスをする。人のことはいいから自分の仕事しようね。

 さて気を取り直して、小雨が降る中行われたジンバブエ戦。

 初回2死走者なしから3番アレックスのライトオーバー2塁打、4番クマブのレフと前タイムリーで先制。この大会うちの3番・4番・5番は絶好調。

 実際のところ大会を通じて活躍したエースのジェリーと、このクリーンアップトリオは全く言い訳しない選手たち。あとショートのビラ−ルも。

 やっぱり野球に必要なことは自分としっかり向き合える素直な心なんかな。

 さあ試合に戻って、先発投手はエースのジェリー。この日もジェリーは快刀乱麻。力みのないフォームから繰り出す伸びのあるストレート、低めに決まるスライダー。若干17歳の彼。日本の高校2年でもなかなかのレベルやと思う。けん制のタイミングなどマウンド裁きもセンスあり。

 決して悪くはないジンバブエ打線を4回まで完璧に抑える。

 しかしさすがは日本人が長い間指導していたジンバブエチーム。日本人がいなくなった今でも野球はしっかりジャパニーズスタイル。投手が低めにストレートと変化球をリズムよく投げ込み守備がきっちり守る。4回を終わって1対0のまま。

 5回表ジンバブエの攻撃。1死1塁からエンドランを決められ1死2・3塁のピンチ。ここでもジェリーは落ち着いた投球で内野ゴロの間の1点でしのぐ。

 6回表を終わって依然1対1。

 6回裏内野安打で出たダニエルを1死3塁に送って、3番アレックスのショートごろの間にダニエルがホームへ突進。ショートもすばやく送球。タイミングはアウト。だが審判のジャッジはスライディングしたダニエルの足が一瞬早かったとセーフのジャッジ。

 その後塁に残ったアレックスが盗塁とキャッチャーの悪送球で再び1死3塁。ここで4番クマブがきっちり犠牲フライを打ち上げ3対1。

 そしてその直後に雨が強くなり中断の後降雨コールドでガーナが3対1で勝利。

 なんともタフで最後は雨に救われた勝利やった。

 でもジンバブエはほんまにいいチームでリードはしていたけど勝敗は別にして9回までぜひやりたかった。ガーナのチームは彼らから学ぶものがたくさんある。ガーナの将来を考えても勝敗よりも9回まで試合するほうが長い目で見れば彼らのためになる。

 実際大会本部や審判にも続けられそうならやろうと言っていた。

 そしたらガーナの他の2人のコーチや会長がそんな発言をする僕を止めにくる。

 『サカ、名に言うてるんや、このまま勝ってるんやから試合を終わらせればいい。何でわざわざ勝ってるのにやろうっていうんや。』と。

 『いや、だってジンバブエいいチームやもん。ぜひ9回までやりたい。それが将来のガーナのためになる。まあ実際こっちが決めることじゃないからやれと言われたらやる準備をしておこう。』

 『サカ、何言うてるんや。メダルが取れなくなったらどうする。審判がやると言ってもやらないと言うのがサカの仕事だ。』

 はぁ〜・・・。

 ここまでは伝えられてないか。

 勝敗やメダルよりも大切なものがきっとある。逃げない姿勢、挑戦し続ける気持ち、楽な道を選ばない、つらくても険しい道を選ぶ。それが将来の自分たちのためになる。

 ガーナもジンバブエも選手はやる気満々。若い子達は向かおうとしてるのに大人がビビってどうするんや。

 しかし結局天気は回復せず降雨コールド。

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 3対1でガーナの勝利

Z 0000100 1
G 100002× 3
(7回降雨コールド)

 レソト戦は明日最終日に順延。

 2日目を終えての成績は

 南ア     3試合 3勝0敗
 ナイジェリア 2試合 2勝0敗
 ガーナ    3試合 2勝1敗
 レソト    2試合 1勝1敗
 ジンバブエ  3試合 0勝3敗
 カメルーン  3試合 0勝3敗


 12月17日(月) 大会最終日

 当然のようにバスは30分遅れてきて6時半に出発。

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 今日はレソト・南アとダブルヘッダー。

 南アとはレベルが違いすぎるのでレソト戦に勝利してメダルを手にしたいところ。

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 先発はアサーリー、エマニュエルを2番手に送り、エース・ジェリーを南アにぶつける予定。

 初回ガーナは5番アンドリュースのライトオーバー2塁打などで3点を先制。しかしレソトも基本に忠実な攻撃と堅い守備で徐々に詰め寄る。

 アサーリーの調子は今ひとつ。その後を継いだエマニュエルもこれまた今ひとつ。2回裏に逆転を許し4回に入る時点で5対3とレソトがリード。

 レソトは野球の基本ができていてそつがない。一方イケイケドンドンのガーナは得意の走塁ミスとエラーで沈黙気味。この試合が大事ということで早々からジェリーをマウンドへ送る。

 4回表内野ゴロの間に1点返した後、レソトの守備が一瞬緩み逆転。

 5回を終えて6対5。まだまだどっちに転ぶかわからない試合。

 しかしこの日もコントロール・キレともに抜群のジェリー。正に頼れるエース!!

 7対5で迎えた8回、5番アンドリュースがレフトへ、9回にはセンターへと日本人でも度肝を抜くような2打席連続特大ホームラン!!

G 300301013 11
L 041000000 5

 最後は11対5で勝利。

 何より2時間半で9回まで試合ができてよかった。両チームともスピード感のあるいいゲームやった。

 レソトチームとの握手の後、銅メダルを決めたガーナ選手たちが僕をかつぎ上げ胴上げ!!

 続く南ア戦は3人の主力投手を使いきっていたためボロボロ。0−15で6回途中コールド。

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G 000000 0
S 412143 15
   (6回コールド)



 最終成績
 優勝 南ア     5試合5勝0敗
 2位 ナイジェリア 4試合3勝1敗
 3位 ガーナ    5試合3勝2敗
 4位 ジンバブエ  5試合2勝3敗
 5位 レソト    4試合1勝3敗
 6位 カメルーン  5試合0勝5敗
 
 レソト対ナイジェリアは試合前に順位が確定したため行われず。優勝の南アは3月に行われる北京オリンピック世界最終予選(台湾)に出場。

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 すべてが終わっていろいろなことが頭を駆け巡った。停電・断水・大渋滞、ガーナのごはんに野球協会のおそさ、いつもいいわけばかりで反省しない選手達。

 少しは彼らの成長のために自分は役立てたやろうか。

 彼らが自分に素直に向き合えるようになりこれから生きていけるのならとてもうれしい。

 選手たちは19日、ガーナ野球史上初のアフリカ大会銅メダルを胸に帰国した。

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 今までガーナ野球や私のことを応援してくださったみなさんほんとうにありがとうございました。お陰様で選手たちは『GHANA』のユニフォームを着て楽しんで野球をすることができました。

 私自身今までスリランカやタイで野球に携わってきましたが正直ガーナでは頭をかかえることの連続でした。実際選手がどれだけ日本の支援に感謝しているのか私にもわからないです。支援を得ることが逆に彼らの成長、自分たちでやり遂げるという力を弱くしていると感じることもありました。

 しかしこれは彼らだけの問題でなく、様々な歴史的背景や社会背景も多く関わっている問題だと思います。

 『野球を世界のスポーツに!!』

 口では簡単に言えますが、実際現地に暮らしてアフリカの野球に携わって、これはとてつもなく大変なことだと実感しました。

 現在の社会情勢、人々の生活、考え方、文化、どれをとっても野球が広がることとは一致しないのが現状のような気がします。

 無理に野球を広げるのではなく野球をやっている国が野球というスポーツの素晴らしさを維持し続けることが大事なのではないかと思っています。

 途上国と呼ばれる国々がいつか栄え、サッカー以外のスポーツを選ぶチャンスができたときに野球が選ばれるように、野球というスポーツは紳士的で高貴なスポーツでなくてはならないと思います。

 そしてそれをリードできるのが日本人なのではないでしょうか。

 お金や甲子園に踊らされている場合ではない。野球の本質を見つめなおす時は今やと思います。

 3月から9ヶ月間、本当にありがとうございました。

 12月26日に帰国、さっそく疲れでダウンする日々が続いています。

 1月9日からは協力隊の訓練、3月下旬には南米コロンビアへ2年間の予定で向かいます。

 ブログはまた更新します。
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2007年12月07日

七転び八起き

 長い日記の前に写真から。

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 暗くてよくわからないですね。1番右がパスポートのとれてないアサーリーです。

11月27日(火曜日)

 この日がデットライン。今日までに@選手が全員ビザ代を用意すること、A前回ナイジェリア大会の時に取得できなかったアサーリーのパスポートを取得すること、B資金不足分を野球連盟が調達すること、などの条件をすべてクリアしなくてはいけない。

 これは1カ月以上前から早く用意しろと訴え続けてきたこと。しかしガーナ野球協会側は今やっているから大丈夫だってただそれだけ。え??全然大丈夫じゃないんですけど。

 まずこの日の朝、野球協会会長に会った時点で彼が怒っている。『何で日本はそうやってひとつひとつ答えを求めるんや。なんで我々が答えなければいけないんだ。』

 この時点で意味不明。

僕、『まずおれに言うな。NPOの考え方やから彼らに言ってくれ。でもそんなん当たり前や。そんなもん大金をパスポートやビザも用意できてへんのに寄付するわけないやろ。』

 会長、『ここはガーナだ。ガーナのやり方を日本側が理解しろ。なんでサカはガーナにいてガーナのやり方を彼らに理解させられないんだ。』

 僕、『そんなもん、何百人もの支援者がガーナ側のやり方なんて理解できるわけがないやろ。寄付してもらうなら前もって期日までに準備する。そんなのどこでも当たり前やろ。』

 なんてやりとりがあり・・・。

 支援って何・・・?

 それでも身銭切りながらやってるこの会長もえらいんやけどね。なんせ遅い(笑)。

 なんと選手は1人当たり5000円という大金をビザ代として全員準備してきた。これには驚いた。まさかそんな大金をみんなが用意できるとは思わんかった。

 しかし協会側がアサーリーのパスポートを準備できない。残りの資金不足分を用意できない。

 日本へそのことを伝え、今回は支援打ち切りと伝えられる。

 これはもう仕方がない、資金が足りていない中、これ以上強行でビザ取得したところでビザ代だけ消えて行けないなんてことになる。

 別にだれが悪いとかそういう問題ではなく、ガーナ野球、しいてはガーナのサッカー以外のスポーツ全体の体制の問題やと思う。

 しかしガーナ側の怒りの先は僕も含めて日本側、自分たちが用意できなかったことは言い訳とそんな必要はないといい、日本は寄付するといったんやから寄付しろ、しないのは約束違反やって。そんなもん準備できてないのに誰がすんねんってまたおおげんか。

 以前ある本でこんな言葉を目にした。

 『飢えた人に魚を与えるのではなく、魚の獲り方を教えてあげよ。』

 僕ははっとさせられた。

 魚を与える=日本がお金からすべて用意して大会に出場させてあげる。

 しかし魚は一度食べてしまったらそれでおしまい。飢えないためには魚を与え続けるしかない。しかも今回は全員分の魚がない。

 実際ナイジェリアへ行った時もすべてこっちで用意した。向こうのミスもこっちでカバー。しかしその後何も変わっていない。

 残念やけど断念。

 その代わり本当にもう残り少ない日程やけど彼らに『魚の獲り方』を伝え続けよう。これは大会出場に関係なく伝えてきたつもり。これからはこれに全力を注ごう。

 僕の考える『魚の獲り方』=野球との接し方、野球の楽しみ方。野球は心を成長させてくれる、相手を思いやることを教えてくれる、道具を大切にすることを教えてくれる、人生の生き方を教えてくれる、かけがえのない仲間を得ることができる。そのためにどう野球と接すればいいか、まだまだ伝えきれていない。

 彼らがそれを感じることができれば自分たちでリーグをつくり、数チームで試合をして内から盛り上げることができるんとちゃうやろか。海外に試合に行かなくても国内で十分野球を楽しめる。

 今回選手たちはほんまにかわいそうや。彼らも悔しいやろう。でも今回魚をもらえなかった悔しさより魚の獲り方を覚えてもっとたくましい人間になってほしい。

 むずかしいけど彼らならできると信じて残りの日々を彼らと共に過ごそう。




11月28日(水曜日)

 野球は今日はお休みで目が赤いので眼科へ。時間は指定されてないが今日は予約が入っていた。

 朝9時前に家を出て10時半着。まじ渋滞で時間がかかる。で、『来るのが遅すぎる』って言われる。え??まだ10時半ですけど。しかも午前ですけど。今日は始まったばっかりなんですけど。『もう医者は帰った』って言われる。え?絶対うそなんですけど、待合室にこんだけいっぱい人待ってるんですけど、しかも朝10時半に帰る医者ってだれ。おれは帰らんと言い放ち長期戦に持ち込む。

 さんざん文句を言った挙句折れたのは向こう。しかも捨て台詞に『今からお前のカルテを取りに行くのがめんどくさいんだよね。』って。なに〜!?そのためにおれを追い返そうとしてたんか??って、まあそんなもんやろうとは思ってたけど。おそるべしガーナの病院。これでもガーナで2番目に大きい病院なんですけど。

 がっつり2時間待たされて、『じゃあ目薬二つ出しとくから薬局で買って帰って』って。

 病院内の薬局に行く。ないって言われる。スーパーマーケットに入っている薬局に行く。ないって言われる。おとなりの薬局に行く。ないって言われる。

さらに向かいの薬局に行く。『AはないけどBはある、でもバスに乗ってオス(地名)まで行けばAもBもある薬局があるからそこで両方買え』って言われる。

バスに乗ってオスに行く。薬局発見。そしたら『AはあるけどBはない』って言われる。なに〜!!も〜、いい。Aだけくれ。

で、さっきの薬局にBの薬を買いに戻る。『Bはない』って言われる。なに〜!!『さっきここに座ってたやつがBはあるって言ってたぞ!!』

『彼女は何も知らない。』

ふざけんな!!知らんやつを店番に置くな。しかも知らんくせにしゃべらせんな。

ってか、まず謝れよ、店長さんよ〜。全く悪びれた様子もなし。

『サークル(地名)にでも行って探せば?』って。

ふざけんな、もういいおれは帰る。

ほんまガーナ。眼科行って薬買うのに一日使っても達成できず。

は〜、さすがはアフリカ。郷に入り手は郷に従えか・・・。

 


 11月30日(金)

 朝6時電話で目が覚めた。日本からの電話。『新たなスポンサーが見つかった。お金の問題はクリアできるからもう一度チャレンジするか?それともこれ以上やっても逆に彼らのためにならないのならやめるか?』

 寝ぼけた頭でうまく考えられん。

 『とりあえず状況チェックしてきます。』

 朝から会長の会社へ。

 彼らは日本からの支援がないと言われたのに勝手に準備を進めてたらしい。そのくせに未だにアサーリーのパスポートを入手できず、のんきにビザ申請のフォームを今さら書いとる。火曜日から3日もたってるのに。しかもそのフォームを書いたら提出できるのかと思いきや、スポーツ省からのレターが必要らしく、それも用意しとらん。もうなんでそこまでのんびりできるんやろ?頭の中ほじくってみてみたい。みんながスローやからスローの倍々攻撃。

 でもせっかくもらったチャンス、いかそう。それも運命。

 期限は月曜、12月3日、アサーリーのパスポートも取得して全員ビザ申請完了ならGO、それが無理なら行かない。日本の新たなスポンサーにも4日には回答をしなければならないみたいやし。ビザ取得まで1週間かかるようやし。これがいくらお金の準備ができても限界でしょう。

 その後会長にめっちゃプレッシャーをかけまくるおれ。でも彼もかわいそうよな〜。一銭にもならんこの仕事。しかも問題は野球協会よりもスポーツ省?ナショナルチームやのに全然サポートしてくれへんし、パスポート申請もスポーツ省でとまってるらしいし、ビザ申請のレターもなかなかださんし。なんなんガーナって。まじなぞは深まるばかり。日本人が一人でブリブリやってもびくともしないこの頑丈な砦。わろてまうわ。

 月曜日は会長と一緒にスポーツ省にレターを取りに行って、パスポートオフィスにアサーリーのパスポートを取りに行って、南ア大使館に申請に行って、チケット予約しに行って・・・、ほんまここまでする?このアフリカで。

 でも大変やな〜って思うより、楽しみが3日増えたって感じ。どうなるんやろ〜みたいな。ポジティブやなおれ。もうなんとでもなる精神はガーナ人によってきっちり植えつけられています。




 12月1日(土曜日)

 朝、6時コーチのポールからの電話がなる。今朝は午前の練習で電話が鳴る前にもう起きていた。

 ポール、『サカ、さっきダニエル(選手の一人)から電話があった、今日おれたちのグラウンドでお葬式が行われるらしい、大量のテントと椅子が並べられていて練習ができないらしい。だから休みだな。じゃっ!』

 『って、おい待て、少しくらいスペースあるはずやからとりあえず行ってできる練習しよう。』

 ポール、『え〜、行くの〜』って眠そうな声。

 で、グラウンド着8時半、たしかに大量のテントと椅子。でも余裕で内野は使えるし、外野も一部は使える。

 しかし練習開始時間9時に集まった選手はたった5人。

 どうやらダニエルがみんなに電話しまくったか、その情報がどんどん流れてみんなこなかった。てか余裕で練習できるし。

 ポールに電話する、当然のように彼もまだグラウンドにいない。

 『どこにおるんや?練習余裕でできるぞ。』

 『今向かっている。』

 絶対ウソ。後ろで家族の声聞こえてるし、バスの音してないし(笑)。まあそれはおいといて。

 『アクラの選手たちは??』

 『あいつらダニエルから練習ないって聞いて海に行ったらしい。』

 お前ら許さん、全員問答無用で集合じゃ。

 もうガクッ!!って感じ。どんな理不尽や超スローな協会の段取りに耐えて、それはすべて選手たちのためやのに、お前らまで・・・、練習したくないんか?全員集まれる練習は週にたった2回やのに。おれは南ア行きの段取りここまでしなくていいの??日本でスポンサー探ししてくれてるのはなんのため??わろてまうわ〜。別に彼らに恩着せがましくそのこと言うつもりは全然ないけど。

 相当遅れてきたアクラの選手たちや、今日の悪のヒーロー・ダニエル、お葬式でめっちゃいっぱい人がいる中で説教。しかも日本式(笑)。正座!!

 正座させるってきくな〜、いつもは言い訳だらけの彼らも今日は『コーチ、おれらが悪かった。おれらのミスだ。許してくれ。』って。正座なんてしたことないからもう5秒で足痛そうやった(笑)。

 頼むでこの言い訳ボーイズ。

 そうそう、でもスポンサーの皆さん、悪く思わんといてくださいね。ガーナってほんま日本人の常識まったくといっていいくらい通じないところなんで。日本人からしたらめっちゃ腹立つことありえへんことの連発やのに彼ら全く悪気ないから。なんで日本人がカリカリ怒ってるのか向こうからしたら意味不明なんかもしれへんし。ほんまここまで考え方ちゃうか〜って最後が近付くにつれ思う今日この頃。

 ただ支援の仕方は今後絶対変えるべし。彼らは日本はお金が湧いてきてへっちゃらでおくってくれる国と思ってる。で、頼って何もしない。彼らがほんまに困って自分らで動きださな支援の意味はない。それは口で言っても理解できひんから体ってわかってもらうしかない。でも支援がなければ支援がないからってそれを言い訳にして何もしない。も〜、来年からは放置プレーでいきましょ。



 12月3日(月曜日)

 さあデットラインの日ですよ。本日の予定、9時スポーツ省でレター取得、その後パスポートオフィスでアサーリーのパスポート取得、そしてビザ申請。

 なんてうまくいくはずがないですよね。てか、すべてこれは僕は何もできないので要するにガーナ人にやらせるのが僕の仕事?てかここまでする意味はあるのか?

 朝9時会長とスポーツ省で待ち合わせ。会長余裕で1時間遅刻。やる気あるんすか??で、さっさとレターもらおうとするもスポーツ省のレターを書く人間がこない。この日も朝9時に来るというてたのに来ない。で、ひきさがろうとする会長。おいかえす僕。

 『ふざけんな、今日が最後じゃ、絶対帰るな!!何が何でもレターをとれ!!』

 11時過ぎてもまだこない。

 『誰でもいいから書いてもらえ。絶対今日中に書いてもらえ!!』って26歳と50歳なんですけどね。僕は先に旅行会社と打ち合わせに。

 結局会長は1時過ぎレター取得。それから南アビザ代の振込。南アビザは現金で申請できない。

 一方パスポートはさんざん待たされた挙句、水曜日に来い。もうふざけんなやで。毎日毎日明日はとれる明日にこいの連続。アサーリーはおそらくパスポートはとれないだろう。なんか問題があるんかもしれん。毎日、明日に渡すって言われて引き下がってる本人も悪い。ガーナはごねたもん勝ち。かみついてでもその日にもらわないといけない。

 結局この日ビザ申請はできず、しかし夕方会長にレターと振り込み証明書を旅行会社まで持ってこさせ(笑)、書類はそろっているので翌日の朝提出して南アに行くことに。アサーリーはパスポートが取れ次第ビザ申請、間に合えば連れて行く。

 なんでみんながここまで仕事が遅くて、ぎりぎりまで何もしないのか日本人としてはまったくもって理解できない。

 そしてここは嫉妬の国ガーナ、国の人間だってなんだって、僕たちのやることをうらやましいと思ったら平気でいやがらせをして邪魔してくる。



 12月4日(火曜日)

 朝6時便意をもよおしトイレへ。そうやった我が家の近辺はもう1週間もずっと断水。トイレを流す水は全くない。でもでるもんは仕方ない。ガーナに来てから下痢と友達になり、便秘の『ベ』の字もしらない。

 仕方ない水くみに行くか。約300メートル歩いてなぜか水が湧いてるところから水を調達。朝から力仕事。なんという一日の始まりか。しかし水がこない限りこれが毎日の日課になってしまいそう。

 朝9時南ア大使館へ。会長が書類をそろえている。てか写真をはったりフォームをそろえたりそんなもんひとつやり方聞いて家でやっとけよ!!が、実はこの書類部数が全然足りていなかった。ほんで僕が2回もコピー屋へ走ることに。総コピー枚数130枚。タクシー使ったっちゅうねん。

 結局書類をそろえるのに3時間かかり、提出締切時間の12時ちょうどに提出完了。これ会長さん、僕がきてなかったら余裕であきらめて明日にしてたでしょう??しかも明日でも出せてなかったでしょう。

 まあそんなわけでなんとかビザ申請。その後飛行機ブッキング。いよいよ後戻りできない状況に。

 問題点はビザ取得が順調に行って出発当日になるということ。12日午前に受け取って夜に出発、問題が発生しても飛行機代はパー??なんでここまで平気でほっておけるのか頭の中をみてみたい。今日でも僕が行ってなかったら余裕で明日にまわしてたやろう。間に合わんのに。

 まあ、もういい。なんとかなるはず。なんとでもしてくれ。

 七転び八起きでなんとか出発への段取りはついた。あとは運か?それともさらなるプレッシャー攻撃か?

 しかし出発までにまだまだ波乱があるような。来週月曜あたりにね。おそろしやおそろしや。

 どうでもええけど水こうへんかな。トイレ行けない、洗濯できない、料理できない、シャワー浴びれない。スポーツ省の横にある水道局に先に殴りこみたい気持ちでした。

 噂によるとクリスマスのために今は水道を止めてためているとか??どんな国やねん。そら野球どころではないですわね。

 我が家の僕の部屋は電圧が足りないらしくもうずっと電気がつかない。

 まあ電気はいい。許す。水をくれ。
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2007年11月26日

Xデー


 南アフリカ大会へ向けてのXデーはこないだの日曜25日でした。

 先日20日、スポーツ省とガーナ野球協会とミーティング、吠えてきました。

 『お金の問題もあるけど先にビザをとれ。ビザをとらないとお金があったって行けないし、日本からの支援も受け取れない。もう出発3週間前やと言うのに何もしてないやないか。』

 南アフリカ大使館に行って調べたところ、ビザ代は一人40ガーナセディ50ペソワ。約5000円。取得に要する期間は1週間。となると今からお金を準備して来週月曜に出したって出発1週間前。なんとぎりぎり。しかもまだほかにお金の調達も、チケットの手配もせなあかんのに。いわな何もせーへん、言うてもせえへんけど。

 で、誰がお金払うの??

 ガーナ野球協会、スポーツ省いわく、『選手に出してもらうしかない。』

 そらひっくり返してもお金でてこなさそうやし、それしかないかもね。

 でもそれってめっちゃ厳しいと思う。

 ここガーナで5000円は月給の半分。それをこの数日に集めて持って来いって。

 でもこれ以上ビザ申請が遅れれば出発に間に合わなくなるし、とれるかどうかもわからないビザを当てにしてチケット購入にもふみきれない。

 しかもビザを取ったところで、全員が行けるだけの資金はない。

 南アフリカに行くにはまず選手たちがビザ代を用意できて、試合ができるだけの人数分のチケットを買えるかどうか。

 5000円はガーナでは大金、家庭の事情で用意できない選手もいるだろう。その選手たちを捨てて行っていいのか?

 登録選手18人全員のチケットを買うことも現実厳しいだろう。何人かの選手を捨てて行っていいのか?自分以外のコーチを捨てて行くのか?毎回審判やってくれるあの子は?

 3日で5試合、コーチとしてはベストの13人いれば戦えると思う。その子たちを連れて行って大会に参加する、なんとかそこまでできればという思いと、そこまでごり押ししてたくさんの選手やコーチらをおいて行くことに意味はあるのかと。

 支援といって何から何までやってたらそれになれて彼らのためにならへんし、でも支援がなければ何もできないこのガーナの野球の現状。

 何をどうしていいのやら、終わりに近づくにつれますますわからんようになってきた。

 で、結果は18人中ビザ代を用意できたのは4人。コーチ火曜日まで待ってくれって。

 火曜じゃ遅すぎるのに。それこそビザ代だけ消えて南アに行けない可能性だって遅れれば遅れるほど高くなるのに。どうしたらいいんやろうね。もうわからんわ。
posted by 魚 at 20:22| Comment(4) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月20日

振り出しよりもっと前に戻る


よくスゴロクで『振り出しに戻る』というマスがあると思います。

 日本の社会や学校でも『振り出しに戻った』っていう話をきくことがあります。

 しかしここガーナでは『振り出しよりもっと前に戻る』というのが日常茶飯事で振り出しにさえ戻れないそんな日々です。

 この1週間いろんなことがありました。

 こんな日記書きたくないけど、やっぱり感じたことはありのままに伝えないといけないと思い書くことにします。

 私も人間ですので少々偏った見方になるかもしれません。

 そしてたしかに腹が立つこともあるけれど別にだれ一人に対しても批判しているわけではありません。

 ありのままに感じたままに。

 
 11月13日火曜日

 南アフリカでの大会に向け相変わらずのガーナ野球です。

 大会日程が先週末やっと正式に発表されました。

 12月13日 現地到着

 14日練習

 15日から17日が試合

 18日現地出発です。

 試合は何と3日間で5試合。しかも初戦の相手はアフリカ最強国の南アフリカ共和国です。さらになんと木製バット使用って。誰が用意するんでしょう??

 開催地は当初ケープタウンと言われていましたが突然ヨハネスブルグに変更。

 参加国は9カ国でA・B両リーグにわかれてリーグ戦を行い、各リーグの1位同士が優勝をかけて、2位同士が3位決定戦を行うという感じです。

 要するに優勝するには5試合すべてに勝つしかないということです。

 Aグループはナイジェリア・ジンバブエ・ウガンダ・カメルーン。

 Bグループは南ア・ガーナ・レソト・マリ・チュニジア。

 Aはナイジェリアとジンバブエとウガンダの混戦になるんじゃないかと思います。

 Bは南アが10歩くらい大幅にリード、それを追うのはガーナとレソトといったところでしょうか。

 どっちにしろ優勝候補はぶっちぎりで南ア。その他のチームがどこまで検討できるかというところやと思います。

 僕としては興味深いのはさてこのうち何カ国が大会に現れるのだろうかというところです。

 開催国南アは100%参加。アフリカ野球連盟がおかれているナイジェリアもほぼ間違いなく参加。隣国ジンバブエもおそらく大丈夫でしょう。レソトはなぞですが南アに一番近いというか南アに取り囲まれた国でヨハネスブルグもすぐそこなので十分参加可能。ウガンダは野球の協力隊員もいるみたいなので何とかしてくるのでは?しかしどのように交通費を集めてどうやってくるんやろう・・・。

 カメルーン・マリ・チュニジアの3カ国は予選が行われず自動的にアフリカ大会出場権を得た国々。どうにも怪しい。国内で野球が行われているという話も聞いたことがないし、参加が微妙な国々ではないだろうか。

 ともあれせっかく4年に1度の大会なので1つでも多くの国、できることならすべての国が参加できることをアフリカの野球に携わる者として心から願う。

 さて我らがガーナはどうなのかというとご存じのように非常に雲行きのあやしい状況。

 何が原因かというと1に資金不足、2にガーナ野球協会やスポーツ省の仕事の遅さ、3に日本のNPOの連絡ややり取りに対してガーナ野球協会が返事をしないという大きく分けて3つの原因やと思う。

 資金不足に関しては10,000ドルの不足。でもお金だけあれば行けるというものではなく2と3の問題の方がはるかに大きいと思う。

 ガーナ野球協会は実動2人。うち会長はタイへ2週間出張。会長代行は仕事が忙しく職場を離れられない。南アへのチケットの手配はもちろん、ガーナ選手の南アビザ取得、ビザ代の資金調達、遠征費の不足分集め、スポーツ省との話し合いも、実際のところ出発一か月をきって何もしていない。何度お尻をたたいてもやるからって、それだけ。

 日本のNPOからメールを送っても返信はなし、電話でのやりとりもできず。この大会だけでなくこれからも関係を続けていくなら今こそがチャンス。なんとか当り前の連絡体制をつくってほしい。


 先日開催地と日程が決まったため、自分の仕事ではないと思いつつ、旅行会社へ行ってグループリクエストを上げ航空会社に格安チケットを特別に用意してもらえるようにお願いしに行った。

 するとなんとガーナからヨハネス往復通常格安チケットでも1人1100ドル以上のところなんと720ドルでOKという回答をもらった。予約期間は3日以内、デポジット1人100ドルという条件付き。

 すぐに日本のNPOとガーナ野球協会に連絡、720ドルという格安料金でチケットが入手できるコーチとしてせめて今ある10,000ドルでおさまる選手13人分のチケットだけでもこれでおさえたいと伝えた。

 しかし期限がきて日本側から来た答えは、今回はチケット購入を見送るようにとのこと。ガーナ側から回答が得られない中これ以上勝手に進められないとのこと。

 この間ガーナ野球協会側にも何度も伝えた。連絡体制ができてなければ日本側も支援できないからすぐにしてくれと。わかった、今晩か明朝やるっていってやらない。

 かわいそうなのが選手たち。大会参加が可能かどうかわからない中それでも白球を追い続ける。

 そんな選手たちとほぼ毎日接し、コーチとしての枠も超えて飛行機の手配や、日本のNPOとガーナ野球協会をつなごうと練習の合間を縫って行う。

 しかしまた振り出しに戻る。結局以前と何も変わっていないのが今。時間ばかりがたつ。やるせない。

 この日も野球協会の人物に会いに行って2時間待たされた。結局練習に行けなくなった。選手たちは僕を待っていただろう。

 でも野球協会が悪いとも思わない。彼らだって自分の生活・仕事・家族の面倒をみなければいけない。野球の仕事をしてもお金は出ていくばかりで時間もかかる。それを乗り越えてやるのはガーナでは難しいのも事実。要するに体制の問題やと思う。

 投げ出したいのを堪える。


 11月15日(木)

 朝7時前にコーチ(ポールじゃないほう)の電話で起こされる。今日パーカー氏(我が家のホストファーザー)の会社でミーティングをするから4時に来てくれ。わかった2時に練習を終えて向かうと伝える。しかし体調不良。

 フラフラになりながらノックを打ち2時にグラウンドを出た。選手たちはその後も練習を続けていたが、ごめんミーティングがあるからと言って先に帰った。

 朝、パーカー氏と話したとき

 『ミーティングって何話すんですかね?』

 『多分野球協会や、スポーツ省をなんとかしてくれとか、スポンサー集めに協力してくれとかそういうんじゃないのー。』

 なんて話をしていた。

 果たしてオフィスに現れたのは、朝電話をしてきたコーチ、最近やたらとオールドプレーヤーを送り込んでくるKK、さらに1人のオールドプレーヤー。

 口を開く3人。

 『パーカーさん、実はおれたち困ってるんだ。サカがオールドプレーヤーに全然チャンスを与えず若い選手ばかり練習させるんだ。紅白戦のときだって控えで途中からしかでれない。それでもうメンバーを決めるって言うてるからオールドプレーヤーにはチャンスはないじゃないか。なんでみんなに平等にチャンスを与えないんだ、おかしい。そうでしょう?パーカーさん。彼に言ってやってくれ?』

 僕『??』『え??』『そんな話しにきたん??』

 オールドプレーヤーというのは35歳以上のプレーヤーでナイジェリアでの大会後に急に現れ始めた7・8人。昔はやってたらしいがこの数年間野球をやっておらず動きはあきらかににぶい。トレーニングもさぼってやらない。

 若い選手たちは2月から約10ヵ月間練習を続け、僕は何年間もプレーしていない彼らが急に現れしかもたった1カ月先の南ア大会に出ようと思ってるなんて夢にも思わなかった。

 普通思わんよな。図々しすぎるよな(笑)。

 それでもせっかくきてくれたんやからと思って、ノックには入れるし、最初はバッティングも少しはさせてた。しかし自分以外の順番はしゃべってるだけ、さらにトレーニングもさぼる。

 まさか出発1カ月前を切って、しかも問題だらけでいけるかどうかもわからんのに、いまさらミーティングでこんなことを話すとは思わなかった。

 しかし彼らは真剣。パーカー氏から僕に注意するようにやってきている。しかも勝算大いにありの顔つき(笑)。

 果たしてパーカー氏の言葉とは・・・。めっちゃどぎつい英語で。

 『お前ら何言ってる!!そんなもんずっと頑張ってきた若い子にチャンスを与えて当然やろ。たった1カ月前にきて今さら何を言うてる。ずっと頑張ってきた選手はどうなる?その子たちの努力をなんやと思っている。なんでそんなことも考えられない?なんで自分のことしか考えられない。

 サカに対してもそうだ。彼は日本を遠く離れてガーナにいる。日本にいれば楽しく生活ができる。それでもここにいる。なんのために?ガーナのためにだろ?ナイジェリアの時もコーチなのにみんなの飛行機のチケット用意して、野球協会が動かないから日本と連絡とってやり合って、自分でビザまで用意して。誰も何も彼をヘルプしないけどそれでもガーナのためにやってるんでしょ。なんでそんなサカにお前らはありがとうが言えなくて文句ばっかり言えるんだ??』

 うなだれる3人。そら普通そうやろ(笑)。

 しかし彼らもここまできて簡単にはひきさがらない。結局こんなやりとりが2時間。

 どう考えたって今さらきても無理やし、そんなんずっと頑張ってきた若い選手たちを連れていくにきまってるし、しかも彼らの方がよっぽど今は上手やし。だからもうほんの少しの時間しかないから彼らにできるだけ練習させてあげたいし。

 突然来てよく言えるよな。大会1カ月前にはじめてあらわれて。

 パーカー氏に『サカどう思う?』って聞かれたので。

 正直に『僕はびっくりしました。てっきり南アの大会へどうやって行くかっていう相談やと思ってました。そしたらこんな話。正直こんな言い方して申し訳ないですけど。レベルが低すぎて話しできません。この人ら自分のわがまま言うてるだけでしょ。なんでずっと頑張ってきた選手たちを差し置いて自分に行かせろ、チャンスを与えろって今さら突然きて言えるんですか。なんで35歳すぎてそんなことも考えられないんですか?』と。

 パーカー氏『全く同感』

 それでも根はやさしいパーカー氏『まあ適当にチャンスあげて(笑)。』

 僕『もうなんでもいいっすよ。こんな話につきあって気力もないっすわ。。。』

 2時間わがまま言い倒して帰路に着いた彼ら。パーカー氏を味方につけられずがっかり(笑)。そらそうやって(笑)。

 僕はその後パーカーさんの車で家まで。帰り道でパーカーさん、『40歳近くになっても自分のことしか考えられない。ずるいやつばっかりでやんなっちゃう。もう笑っちゃうね』って。

 僕は思った。ああこうやって足の引っ張り合いをするんやなーって。ずっと頑張ってきた若い選手のことなんてこれっぽちも考えず自分たちのことばかり言う。しかも突然現れて大会1カ月前にして。しかも年上が年下の足を引っ張る。

 そんな図々しさ最高!!

 よくも真顔でそこまで言えた!!

 君たちは間違いなくうつ病にならない!!

 日本で病んでる人たちに見せてやってくれ!!

 ああ、ほんましょうもない話して熱出てきた。

 てか、これってクーデターやん。
posted by 魚 at 03:05| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月10日

殺人事件


AWOSHIE。(アウォシ)

 僕が現在住んでいる町の名前。

 ガーナの首都アクラ市の郊外にあり、この町へ向かう道は渋滞が非常に激しくタクシードライバーには敬遠される町。

 町の名前の意味は数多くあるガーナの言語のうちのガ語で『眠らない街』らしい。

 その名前の由来とは裏腹に実際にはめちゃくちゃのどかな町で、人々も穏やか、渋滞を除けば住みやすい町。

 しかしそんな静かな町で事件がおこった。

 今週水曜日、いつも行っているインターネットカフェに朝10時ころ行くとなぜか閉まっている。

 隣の売店のおばちゃんに『いつも何時からあいてる?』と、きくと、『いつも朝7時には開いてるけど、今日はなぜかまだこないねー。』って。

 しばらく待ってもあらわれないので店の看板に書いてある番号に電話すると、知らない男の声が。まいいやと思って話し続ける。

 『ええと、サカやけど、今店の前にいるけど今日は何時に開く?』

 『ああ、ちょっと待ってすぐ行くから。』

 1分もたたずに現れたのは初めて見る男性。

 『今日はなんでやってないん?いつも7時には開けてるんやろ?』と、きくと。

 『あー、実は今朝この近くで殺人事件があって、それでみんなばたばたしてたんだ。すぐみんなくるよ。』

 『え、殺人事件?どこで?』

 『オイナセーってところだ、知ってるか?』

 『知ってるも何も、おれの家のすぐ近くやねんけど。まじで、で、なんで?』

 『よく理由はわからないが、男性と一緒にいた女性の2人が銃で撃たれて死んだ。』

 『うっそ。まじー。』

 それ以上言葉がでず。

 あとから聞いた話によると、夜中2時ころ、車に乗っていた男女二人が撃たれて死亡。どうやらその女性には夫がいて、それにもかかわらずほかの男性と交際していたことが関係しているらしい。車の中の金品は残されたまま。犯人はいまだ捕まっておらず、現在も逃走中。

 理由は日本でもよくきく話ではあるのでさほど驚かないが、何よりすぐ近くっていうか毎日通っているところでっていうのが驚き。

 ガーナはアフリカでトップクラスで治安のいい国と言われていて、独立後50年たった今までほとんど大きな戦乱もなく、国旗にあるようにまさにブラックスター。アフリカの星。

 でもそんな平和なガーナでも最近は内戦をしていた隣国の武器が流れてきたり、経済の発展で貧富の差がうまれ治安が悪化、警察も腐敗し強盗に拳銃を渡して金を集めさせてるっていう話をきいたこともある。

 なんか、人間の幸せっていったいなんなんやろうなーって悲しくなった。

 日本でも殺人事件がしょっちゅうおこってる。しかも理由が意味不明であったり、家族を殺したり。

 そらもちろんなんなりの理由はあるんやろう、今回の事件も殺された方も問題はあったんやろう。

 でも殺したらあかんよ。

 そこに理由はないやん。

 生きてたらどんなことでもまたやり直せるし、つらかったことも笑えるし。

 命は一度なくしたら、もう取り返せへんやん。

 残念。

 ガーナ生活残り一か月。夜間に出歩くのは極力控えるようにします。

posted by 魚 at 01:57| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月07日

ナイジェリア写真集

 前回アップできなかった写真を追加で紹介します。

 ラゴスからイローリンへ向かう途中の町並み
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 狭いバス社内にて(アレックスと)
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 豆と肉のせごはん(肉まじでカタイ)
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 毎夕食のオクロ(オクラ)シチューとセモー
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 ナイジェリア・イローリンのベースボールパーク
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 バスが来ないのでスタンドで待機
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 雨で中止になりベンチで踊りだすブルキナファソの選手たち
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 球場へ向かうバスの中はいつも大合唱
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 ウォーミングアップ
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 再びブルキナファソ
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 各国の国旗(左からナイジェリア・ガーナ・ブルキナファソ・トーゴ・コートジボワール)
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 さすが音楽の国ナイジェリア、試合会場にDJがいます
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 クロージングセレモニー
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 トーゴ
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 ナイジェリア
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 ブルキナファソ
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 ガーナ
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 ナイジェリアではバイクタクシーがたくさんある(通称オカダ)
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 宿の前はのどか
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 ラゴスに戻ってきました
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 ラゴスのムルタラ・モハメッド空港
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 ブルキナファソの選手たちともお別れ
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 先週月曜日の夜に帰ってきて3日間はくたばっていました。

 何しろ出発前にへとへとやったので。

 帰ってきた翌々日なんて腹痛に襲われ20回はトイレに行きました。

 金曜日からようやく元気になってスポーツ省・野球連盟とミーティング。

 今後の南アフリカ大会に向け資金面や段取りの面、今回の反省を踏まえてしっかり話し合うのかと思ってないけどちょっとだけ期待してたら、話の大半はナイジェリアで受けたあつかいがひどかっただのどーだの。

 聞いてる方もあまりに情けなくて発する言葉なし。

 最後に何かあるか?ってきかれたのでナイジェリア大会の件で話すことはなし(ほんまはめっちゃいいたいことあるけど言っても無駄なので)、時間がないから南アフリカのことしっかり考えて準備してほしいとだけ伝えてきました。

 新たな問題も発覚、ガーナ人は南アフリカ入国に際してビザ取得が必要らしい(日本人は不要)、その額一人なんと5000円以上。

 厳しい状況は続きます。

 土日には練習も再開、なんか30歳以上のオールドプレーヤーも今週から参戦。その意図とは??


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2007年10月31日

西アフリカ予選 IN ナイジェリア

 10月24日から29日までナイジェリア・イローリンで行われた、北京オリンピック予選野球西アフリカ大会を戦ってきました。

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 大会出場に際して、オンヨネ社製ユニフォームを寄贈していただいたプロスペクト株式会社様、選手の交通費をまかなう寄付をしていただいた日本の支援者の皆様、ガーナチームや私を応援してくださるすべての方々にチームを代表してお礼を申し上げます。

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 出発前日の23日より毎日日記を書いていたので、ブログにアップします。だいぶ長くなるので気長に読んでください。


 10月23日(火曜日)

 ガーナ出発前日。明日のバージン・ナイジェリア航空のフライトは朝の9時50分。

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 それなのに朝6時に空港集合だと言っているからクレイジーや(笑)。

 『選手たちは6時集合って言っても6時半にくるから。』って、それやった最初から6時半集合にしてきっちり集まろうなんて日本人的発想は通じるわけがない。

 出発前日やのに、お金が日本から届いていなくて飛行機代が払えない、急に人数を増やしたから座席は一部まだ確保できていない、選手7人のパスポートがとれていない。

 そのうち朝、旅行会社に電話をすると『最後の1席はビジネスクラスでとれた。』と。とりあえず座席はおさえた。

 ガーナへの入金が確認できたのは11時ころ、それからホストファーザーのオフィスへ行き、銀行へ一人で向かう。

 このアフリカで日本人が9,000ドル(約105万円)を銀行で下して持ち歩く。

 いくら平和なガーナでも撃たれるんじゃないかとタクシーに乗ってからも心配。

 それよりなぜ入金が前日か、ガーナ野球協会側と日本のNGOがほとんど直接的に連絡をとりあえていない。

 すべて僕がチケット手配から予算立てからやらないと野球協会は動かないし、日本のNGOも僕が情報を流さないと何も把握できない。

 ガーナ側と日本側の間に立って駆け回る出発前日。

 午後3時過ぎ旅行会社でやっと支払いができると思った矢先、野球連盟会長に選手7人分のパスポートについて電話でたずねると、

 『今日はとれなそうだ。』と。

 『今日はとれないって明日は朝のフライトやぞ!!』しかもなんでこっちがきくまで言ってこない。

 『何が原因や?』と、たずねると。

 『書類の申請が遅れたからだ。』って。

 たわけ!!選手はお金と申請書を5か月も前にKKに渡してんねんぞ。そしてKKになんでとれないんだ?ときくと、『おれの仕事じゃない。』って。

 もういい、お前とは会話することをあきらめる。

 
 結局夕方5時になってもとれず、旅行会社の人と航空会社にかけこんだ。しかしすでにクローズ。

 中に人がいるのに開けてくれないセキュリティのかたそうな兄ちゃん。

 もうこっちも日本語で、『アホかお前、中にいる人と話するだけじゃ、あけんかいこらー!明日の朝のチケットなんじゃ!!』

 それでもセキュリティーは『NO!!』

 セキュリティーはしかとして中の人を手招きしてなんとかして中に入れてもらう。ほらみたことか。

 そしてバージン・ナイジェリア航空にお願いして、パスポートのとれていない7人と会長の分のチケットを夜の便に変更してもらう。200ドルの支払い。

 会長に電話して『パスポートのない選手7人と会長のチケットは夜の便に変更したから必ず明日中にはパスポートをとってナイジェリアにきてくれ。ナイジェリア野球連盟からは夜にラゴスに来るなと言われてたけど仕方がない。おれらは先に行って待ってるから。』って、これコーチの仕事??

 野球のガーナ代表選手がオリンピック予選に行くのにパスポートすら取得できない。クレイジーや。

 もう前日までにできることはやった。夕方6時前に旅行会社を出る。もうへとへとやのにあの恐怖の渋滞の中を家まで帰らないといけない。しかもバスに乗る前に強烈なスコール!!

 神様もしかしておれのこと嫌い??

 タクシーで帰ろうと思っても、『そっちは渋滞するから行きたくない』ってみんなに乗車拒否される。

 結局がっつりスコールと渋滞をくらい家に着いたのは10時前。出発前に疲れ果てた。

 そういえば今朝パソコンの画面が割れてた。

 そういえば今朝窓からトカゲが侵入してきた。一緒に寝るか。

 なんという1日か・・・。

 ごはんつくろう。



 10月24日(水曜日)

 ナイジェリアへ出発当日。思いっきり遅刻して7時半に空港に着いた。それでも2時間半前。

 空港にて問題発生、航空券の2人の名前の一部がパスポートネームと違う。前日に確認したがガーナ人の名前は長く名前のすべてが航空券に書かれておらず発見できなかった。

 一人はすぐに気づきカウンターで変更を依頼するとなんなくOK。

 しかしもうひとりはチェックインの時にはそのまま通り、イミグレーションも通り、最後になぜか空港のセキュリティーに止められる。

 全員飛行機に乗ったのに彼と彼についている僕だけ飛行機に乗れない。

 もう出発時間や、あかん!!

 彼はあきらめて自分だけ飛行機に乗るべきか、それともセキュリティーがただごねて金がほしいだけかもしれへんから金を渡そうか、と思った時、『行け』って。言ったのにまた飛行機に乗ってら入口で止められる。

 もうなんやねんこいつら。それもセキュリティーの最後のあがきやったのか、結局賄賂なしで突破。とんだ被害にあったJOSHUA。もう泣きそうな顔してた。

 おれももう無理やと思った。まじあせった。

 やっと出発やと思ったら今度はおれの席に違うやつが座ってる。

 狭い機内であきらかに満席。

 は?おれ立って行くの?

 彼の座席番号をみたらおれと一緒!!

 ありえへーん!!

 実は彼、ビジネスクラスのチケットやのにエコノミークラスの搭乗券を渡されたらしい。ほどなくビジネスクラスに移動。

 間違える航空会社もたいがいやけど、客も普通おかしいって気づくやろ。まじクレイジー(笑)。


 約1時間のフライトで着いたナイジェリア。

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 アフリカの人々もおそれる治安の悪い国。選手にボディガードを頼む。

 入国審査にならんでると腹痛が。う、これは待てない。

 到着ゲートへ戻ってトイレに行く。

 ほどなくして電気が消える。外で話し声が聞こえる。周りにその他の人は全くいない。

 やばい、ここでいきなり襲われる?ピストル突き付けられたら終わりやな。

 万が一のために100ドル札を握りしめて意を決して外に出ると、そこには選手が一人。助かった。

 『さっき何か話してなかった?』ってきくと。『空港のセキュリティーに金をせびられた』と。

 で、入国審査に戻ろうとすると到着ゲートから入国審査に入るゲートが閉められている。開けてくれとお願いすると『金をくれなかったら開けない』って。まわりに人もおらず険悪な雰囲気。違うセキュリティーが通りかかったので開けてもらう。

 しかしこの国ガーナとは全然雰囲気が違う。

 さあ、これからラゴスからイローリンへ4時間の移動。ナイジェリア野球連盟がバスを用意してると言っていたが、してるわけないのがアフリカ。

 空港で5時間も待たされる。

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 みんなへとへと。

 5時間後やっと移動の指示が出た。

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 でもバスなんて見当たらない。

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 えー、これ1台で行くの??
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 ワゴン車1台に15人プラス大量の道具。いくらしい。

 今日は遅れてくるメンバーもいるので全員でラゴスに泊って明日の朝イローリンに向かってもらうと。ナイジェリアでは夜は車で移動できないらしい。やられるらしい。

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 首都ではないがラゴスはナイジェリア最大の街。人、車の量、渋滞のひどさもガーナのアクラの上をいく。しかも運転あらすぎ。20分で着くからって結局1時間。まずは夕食(?)。当然ナイジェリア料理。しかも野外で。

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 宿はスポーツ省の合宿所。電気なし・水なし・寝るしかない。

 ナイジェリアは石油がめっちゃとれる国やのにほとんど停電しっぱなしやった。おかしいよな。

 夕食時ガーナから連絡が入る、選手7人中6人のパスポートが取れた。これからナイジェリアへ向かう。

 一人とれなかったのは投手のアサーリー。なぜとれないのか。野球協会がスポーツ省にパスポートを取得する必要がある名前を伝えたときにアサーリーの名前ではなくすでにパスポートを持っているアスルの名前を書いたかららしい。

 お前らはクズや。とことん仕事ができん。

 アサーリーは僕が初めてガーナに来た時はまるで目立たない投手やった。でもこの子の目を見たとき、この子は絶対にいい投手になると思った。コーチのピントゥがアサーリーの悪い点を指摘するたびに、黙ってみてればいいよー、この子は絶対良くなるからって言っていた。

 チームの中ではめずらしく物静かだがひたむきに野球をする彼、信じてた通りに今や立派な投手になった。大好きな選手。しかも自分の野球だけでなく平日のあいている時間に小学校へ行って子供たちに野球を教えている。立派な17歳。

 その子がKKか野球協会かスポーツ省の名前間違いのためにナイジェリアにこれない。僕はアサーリーはパスポートを持っていないと野球協会に何度も伝え紙にも書いて渡していた。

 今まで信じて一生懸命やってきたアサーリーの気持ちはどうなる?彼は今一人ガーナでどんだけ悲しんでる?

 それでいてミスを犯した方は言い訳や責任のなすりつけあいばっかりして全く反省の態度がない。

 言ったところでどうせ言い訳しかせえへんから何も言わんけど、おれはこいつらをゆるさん。

 前日も2時間しか寝てなかった僕は疲れ果てて後発組の到着を待たずに寝てしまった。

 

 10月25日(木曜日)

 朝5時ころ、イスラム教のアザーンで目が覚める。ムスリムのシェリフが同じくムスリムのビラールを呼んでいる。ということは後発組のビラールがいるので無事到着した様子。 

 やはりアサーリーは結局パスポートが取れずに一人ガーナに残っているらしい。かわいそうで仕方がない。

 この日も3度ガーナに電話した。

 『おくれてもいいから、ナイジェリアまでこい。チケットはなんとかなるから。おれはお前を待ってるから。今日もパスポートを取れるようにトライしろ。』と声をかけ、彼も1日中パスポートオフィスにいたが結局とれず。かなしい。

 この日は朝から内陸部のイローリンへ移動。4時間かかるらしい。絶対うそと思っていたらやっぱりうそで7時間かかった。

 しかもこんなボロのマイクロバスで。まじっすか??

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 これに30人と大量の荷物。4人席に5人座る。

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 頼むで、ナイジェリア〜!!

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7時間かけてイローリンに到着。

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 みんなくたくた。

 丸1日遅れて到着したので一番最後かと思ったらホスト国のナイジェリアを除けば一番最初に着いた(笑)。

 さすがアフリカ。

 コートジボワールは不参加。トーゴとブルキナファソはさらに1日遅れて明日の昼に着くらしい。まじみんなのんびり。

 ナショナルマッチですよ〜!!

 大会は翌日から4カ国によるリーグ戦を行い上位2チームがアフリカ大会への切符を手にする。

 トーゴとブルキナファソが到着しないのでいきなり第一試合にナイジェリア対ガーナというベストマッチが組まれた。

 とりあえずビール飲んでサクッと寝ましょう。

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 10月26日(金曜日)

 朝起きると昨日残しておいたピーナッツがネズミにまき散らかされていた。そういえば夜中物音がしていた。

 9時からの試合に備え7時半には球場に到着。

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 しかしいきなり問題発生。ヘルメットを宿舎に忘れる。

 それでいてヘルメットを担当させている選手たちも悪いと思ってないから困る(笑)。

 宿に戻ろうとするも車がオーバーヒート。仕方なくナイジェリアチームのものを借りる。

 ナイジェリアは西アフリカでは最強のチーム。スポンサーもついていて毎日練習もしている。シートノックを見る限りガーナよりうまい。

 結局試合は

 N 050301014 計14
 G 301001100 計 6

 1回裏コフィとアンドリュースのタイムリーで3点先制するも2回シェリフの落球がからみ5失点。その後も小刻みに得点をゆるし追いつくことはできなかった。

 僕から見ればガーナはいつも通りのプレーができていなかった。前日までの過酷な移動疲れももちろんあるやろうし、ほとんどの選手にとって初めてのナショナルゲームで緊張していたのかもしれない。第一ガーナのグラウンド以外で野球をするのは初めてやし。仕方ない面もある。

 試合後、選手たちに今日の試合どうやった?ってきくと、

 『今日はナイスゲームだったぜコーチ!次やれば絶対勝てるぜ!』ってお前らあんだけエラーしてミスして豪快に三振しまくっといて反省する気ゼロやな(笑)。まあええけど、『ヘルメットも運べないようなチームは勝ったらあかんやろう。』って一言アドバイス(?)。

 心配していたナイジェリア人の審判はまあまあそれなりやったかな。ただ、代打を出そうとしたら代打は投手にしか出せないってわけのわからんルールを言い出したのには笑ってしまった。

 ナイジェリアの監督に来てもらいそんなあほなルールはないことを伝えてもらう。ほんまゆかい。

 結局こっちは17人全員を使った。


 午後ブルキナファソとトーゴがやっと到着。

 びっくりした!

 えー、自分ら野球するの?って(笑)。

 ブルキナファソなんて女の子まで3人いる。しかもやる気満々。

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 同じ西アフリカ内でもこんなに人が違うのかとナイジェリアにきて驚かされた。

 説明は難しいけど、ガーナ人は目がギラギラで、とにかくなんでもすぐもめて大声で自分の意見を主張しあう。外国人に対してやたらフレンドリー。

 ナイジェリア人は眼光がガーナ人よりもっと鋭く、なんていうかインテリ系。めっちゃ負けず嫌いの性格かな。街を歩いててもガーナみたいに声をかけられることが少ない。

 トーゴの人は顔はガーナ人と同じやけど目がやさしい。物静かな感じで、ガーナ人やナイジェリア人みたいに大声で言い合うことが少ない。

 ブルキナファソは目も顔もなんかほわ〜って感じ。ほんま自分らガーナの隣に住んでんの?ってききたくなるくらい、めっちゃのどか〜な感じの人々。顔からにじみ出る優しさがほかの国とは違う。

 特にそのブルキナファソの子供たちがめちゃくちゃかわいい。少し話しかけたらみんなはにかみながら話してくれて、年齢は16歳とか17歳とか。ブルキナファソはフランス語圏なので英語は全く話せないに近い。

 それでもなんとか会話をしていると彼らの純粋さとか野球が好きっていう気持ちが伝わってくる。

 いや〜、ほんまにかわいい。アフリカの中のスリランカ?

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 となりやし遊びに行こうかなブルキナファソ。

 結局ブルキナファソとトーゴの試合はスコールのため試合途中で翌日に順延。

 ガーナみたいに日本からの支援も受けられずナイジェリアまで来るのは大変やったやろう。ぜひ楽しんで野球してもらいたい。

 ナイジェリアやガーナの人々の中には彼らのプレーを見て笑ったり見下したりしてる人も中にはいる。彼らは野球が全然できてないって。

 僕はそんなことは決して思わない。逆に立派やと思う。彼らはボールを打つこと投げること捕ること走ること、そして野球が大好きで一生懸命や。うまいのがえらいんじゃない、一生懸命な人々はみんなえらい。



 10月27日(土曜日)

 疲れがたまっているみたいで朝起きると8時やった。ガーナ人は1日4〜5時間の睡眠でいいらしい。おれは8時間寝たい。

 入った情報によるとブルキナファソがトーゴに13対12で勝ったらしい。しまった。ビックゲームを見逃した。あのかわいい選手たちの姿を見たかった。

 ガーナは午後からの試合トーゴに14対0で勝った。正直レベルが違いすぎるので困った。ストライクを全部振らせてもファーボールになるし、バントしてもアウトにならへんし。でもトーゴの選手たちは一生懸命ボールに向かっていた。それでいいと思う。

 試合後トーゴのコーチと選手と話したら、彼らも切実に日本からの支援を求めていた。道具は足りないし、日本人コーチがいればもっといろんな練習を教えてくれるのにって。うまくなりたいんよなー。

 何が一番大切ってきかれたから、野球を続けることが大切やって答えた。

 野球を続けていればいつかコーチがやってきてくれるかもしれへんし、道具を届けてくれる人が出てくるかもしれへん。

 でもやめてしまったら終わりやからな。続けることはたいへんやと思うけど頑張ってほしいな。トーゴにも遊びに行こうかな。アクラからトーゴの首都ロメまで陸路でたったの3時間やし。

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 今夜も晩ごはんはセモーとオクラシチュー。

 全日程同じ夕食って・・・(笑)。



 10月28日(日曜日)

 この日は試合最終日。ブルキナファソとの試合は16対1。むずかしいよな、こういう試合は。ガーナの選手にはもちろん盗塁はさせへんし、バントさせて相手にアウトをあげようと思ってもなかなかアウトにできないブルキナファソチーム。

 フライなんか上がった時は『お願い!!捕って!!』ってブルキナファソの選手に祈ってもポロって(笑)。

 僕はガーナの監督やけどアフリカの野球全体が良くなってほしいと願っている。ガーナだけよければいいなんてこれっぽっちも思っていない。むしろブルキナファソやトーゴの選手たちに頑張って野球を続けてもらいたいな。

 ブルキナファソは3人の女の子らが特にかわいかったな。やる気満々の彼女らはキャッチボールを見てても男の子とかわらない。

 でも大会規定で女性は試合に出れないことをナイジェリアにきて知り相当落ち込んでた。

 確かに危険やけど外野を守ることくらいさせてあげて参加させてあげたかったなーって思った。

 それでも試合後、アミナタっていう女の子がめっちゃたよりない英語で、

 『来年の6月の休暇中にみんなでガーナまで野球しに行くからね。今回は試合に出れなかったけど私も今度は試合に出たいな。』って。かわいすぎるで、ほんま。

 撮った写真送ってねってEメールアドレスを渡してきた。もちろん送ってあげよう。

 実はブルキナファソ、来年4月から日本の青年海外協力隊によって野球のコーチが2年間やってくるんです。最初ほんまは僕がその協力隊でブルキナファソに派遣される予定やった。わけあって僕はコロンビアに派遣されることに変更になったので、ブルキナファソには別の人が行くことになる。その人とは1月からの訓練で一緒になるはずなので伝えてあげよう。かわいいかわいい選手たちが待ってるよって。

 ほんまに遊びに行きたいなブルキナファソ。彼らにもう一度会いたい。

 

 10月29日(月曜日)

 夕方6時過ぎ飛行機は無事アクラのコトカ空港に着陸した。ホッとしてどっと疲れが出る。

 この日は朝7時過ぎには宿にバスが到着。最終日だけはなかなかしっかりしてるやんナイジェリア!と思ってたら小さなワゴン車が1台。

 それでこの人数と荷物・・・。

 嘘やろ・・・。と思ってたら他に2台きて3台に。

 これなら余裕やと思ってたら、なんと3台でブルキナファソとトーゴも乗るって。絶対無理。

 クレイジーを連呼するおれ。

 ガーナの宿からトーゴの宿へ。そしてブルキナファソの宿へ。

 やっぱり無理ってことにそこで気づいてもう1台やっと呼ぶことに。

 それやったら最初から人数と荷物の多いガーナに2台、ブルキナファソとトーゴに各1台でばらばらに行けばタイムロスもないのに。

 しかもごちゃごちゃに荷物を積んだから陸路で帰るブルキナファソとトーゴもラゴスの空港へ。疲れてるのにかわいそう。

 9時にイローリンを出て3時にラゴスの空港着。

 誰が4時間で着くじゃ、この大うそつきめ。

 ラゴスの空港でブルキナファソとトーゴのみんなとお別れ。なんかさみしい。せっかく出会えたんやからまた会いたいな。

 トーゴチームはナイジェリアからベナンを越えて首都ロメまで陸路で移動。イローリンから12時間。

 ブルキナファソチームは首都ワガドゥグまでなんと丸2日間かけて陸路で帰る。往復で丸4日。彼らの大会参加に心から敬意を表す。すばらしすぎる。

 
 今大会を振り替えて。

 結果は

 1位 ナイジェリア  3勝

 2位 ガーナ     2勝1敗

 3位 ブルキナファソ 1勝2敗

 4位 トーゴ       3敗


 上位2カ国が12月のアフリカ大会(南アフリカのケープタウンで開催)への出場権を獲得。

 ナイジェリアはガーナより1枚も2枚も上手といった感じやった。

 大会運営の面では出発時間にバスが到着しない、食事の時間に食事が届かないと毎日待たされてばかりやった。

 審判がルールを把握していない、判定のレベルの問題も確かにあった。

 でもこのアフリカでこのように大会が行われたことにまず拍手。

 大きな問題もなく無事各国が帰国の途についたこと、また各国がそれぞれの国の野球に触れもっと自分たちもうまくなりたい、そして自分たちの国の野球をもっと広げたいという思いが見れたことに拍手。

 アフリカ人ではない一人の日本人(アジア人)として若干26歳で参加させてもらい貴重なものをみせてもらった。問題点はもちろんたくさんある。大変やけどただあきらめずに続けること、そしたらいつかアフリカの野球の道も開ける可能性がある。

 
 12月には南アフリカ共和国ケープタウンにてアフリカ大会が開かれる。

 参加国は8カ国。南アフリカ共和国・ジンバブエ・ナイジェリア・ガーナ・カメルーン・マリ・チュニジア・ウガンダまたはケニア。
 
 上位1チームのみが来年3月台湾で行われる北京五輪最終予選に出場できる。

 そのまえにガーナチームは今回ナイジェリア遠征で空路を使ったためにケープタウンに行く資金が100万円以上も不足している。

 ガーナ野球協会・スポーツ省がどこまでサポートし、スポンサー集めを行えるか。期間は1か月。

 土曜日から選手たちはまた新たな目標に向かい練習を再開する。


posted by 魚 at 22:37| Comment(16) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月23日

あさっての朝出発ですよー。


 そろそろ目を覚ましましょうねー、ガーナ人のみなさん!!

 あさっての朝出発というのに、まーまーほんまにのんびりしてますわ。

 ほんまどうなるんでしょうね(笑)。

 2日前の現状。

1、選手7人未だにパスポート取得できず。

2、政府や連盟から同行する人が今日決まり飛行機が満席で3人分のチケット未だとれず。

3、日本から先週末に送金してもらったものがなぜか未だにガーナに届いてないようで飛行機代一銭も払えず。

 すべては明日の一日にかかっている!!

 おそらく、2と3はなんとかなるんじゃないんかなと思いますが、問題は1ですね。パスポートがなければどうしようもない。

 さあさあ、ほんまにせっぱつまってきました、ガーナ野球。

 どうなることか・・・!?
posted by 魚 at 02:17| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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